2015年6月21日 (日)

広瀬川美術館。その裏側は…。

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前橋、広瀬川河畔に建つ瀟洒な建物。

今は「広瀬川美術館」となっています。

画家、近藤嘉男のアトリエとして建てられました。

その後、彼が主催する絵画教室「ラ・ボンヌ」として半世紀を経ました。

子供の頃から、「オシャレな建物だなあ…。」と思っていましたが、現在は国登録有形文化財に指定され、「広瀬川美術館」として昔のままの佇まいを保っています。

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二階からは広瀬川が一望できます。

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内部は意外に広く、落ち着いた部屋が続いています。

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まるで時間が止まったかのようなモダニズム…。

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北向きの部屋に、広瀬川沿いのケヤキが木漏れ日を落とします。

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入館料は500円ですが、この世界にわずかしかないレコードプレーヤー(電気を使ってない!)に乗せられるSPレコードを持ち込んだ方は無料になるという粋な計らいがあります。

管理人さんは、画家、近藤嘉男さんの息子さん。

寡黙な方ですが…、

私 「子供の頃から素敵な建物と思っていましたが、内部がこんなに広いとは思いませんでした。」

近藤さん、ニヤッと笑い、

「建蔽率違反だからね。建て増しに次ぐ建て増しだけど、今は文化財になっちゃったから、もう誰にも怒られないよ。」



さて、この広瀬川美術館を自転車で後にするとき、建物の裏側が駐車場になっていることに気づきました。昔は何か建っていたような気がするが…。

そう思って美術館の裏側に入り美術館を見てみると…、

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えー!普通の民家じゃん?!

落ちそうなベランダに洗濯物も干してあります。

エアコンの室外機も落っこちそうです。

裏側に生活感が凝縮されていました。


「いいものを見たな…。」


なんだかそう思い、ペダルを踏んだ梅雨の晴れ間の休日。







































2015年6月11日 (木)

前橋 龍海院の謎。

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前橋、紅雲町に建つ「龍海院」というお寺。

江戸時代の前に建てられました。

戦時中、前橋の空襲でも焼け残り、多くの避難民を収容しました。

ですので、未だに幼い頃ここで過ごした思い出話を語るお年寄りのお話を多く聞きます。


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この龍海院の奥に、立派なお墓がいくつも建っています。

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通路を挟んで、大きな墓石が並ぶ霊廟です。

どんな方たちが眠っているのか?

ここには江戸中期から幕末までの、姫路藩主の墓が並んでいます。


…え?なんで?

どうして前橋のお寺に、あの国宝姫路城で名高い姫路藩(現兵庫県)の藩主のお墓が並んでいるのか?

およそ120年に渡る10名のお殿様が眠っています。姫路のお殿様が、前橋に。なんで?

もちろん、それには理由があります。

しかもその理由には、やむにやまれず、抜かれた刀があるのです…。




その昔、豊臣秀吉は有能ですが危険と考えた家臣、徳川家康に関東行きを命じました。

家康は古くからの家臣を引き連れ、関東を目指し、やがて江戸を切り開きます。

その時追いてきた家臣、酒井家に、北の要衝前橋の守りを命じます。

そこから酒井家は前橋藩15万石の譜代大名筆頭として江戸時代の幕開けを迎えます。


名門中の名門ですが…。

前橋藩は貧しい土地柄、15万石というのは権威のための名目で、実高はそんなに多くありません。

しかも、利根川が氾濫の度に農地は荒れ、前橋城さえも削り取って行ってしまいます。

領民は疲弊し年貢もままならず、おまけに城の修繕費も莫大な額がかかり、名ばかり名門ですから江戸幕府内での付き合いでも見栄を張るために出費がかさみ…、

そんな中、ついに利根川は前橋城を丸ごと持って行ってしまいました。

名門が今や城なし石なしの藩主です。

酒井家がそんな惨めな思いをしていたちょうどその時、遠く姫路藩で藩主が若くして亡くなりました。

姫路藩に残されたのは幼少の子息のみ。名城姫路城を擁する要衝、姫路藩をこのまま幼子に任せて良いものか…?幕府内にそんな不安がよぎりました。


それを聞きつけた前橋藩の老中、本多光彬と、用人、犬塚又内は、「これはチャンス!」と考え幕府に裏工作を開始します。

つまり、姫路藩へのお国替えです。同じ15万石と言いながら、姫路は機内の先進地、内実はより豊かであり、なににもまして城なし藩には眩しい輝きを放つ姫路城がそびえているのです。

二人の工作は首尾よく進みました。

もちろん幕府に対する工作は口だけではありません。江戸幕府を動かすには賄賂が付き物。多額の金品が費やされました。

その賄賂の金をどこから捻出するかと言えば、すでに厳しい暮らしをしている領民から搾り取るしかありません。領民の暮らしはますます困窮を極めました。

しかし、九代藩主酒井忠恭(さかい ただずみ)も、「え?!姫路城もらえるの!超ラッキーじゃん!スゲー!」と乗り気です。

そんな中、前橋藩のもう一人の老中、川合定恒(かわい さだつね)はこの工作に猛反対しました。

「前橋藩は家康公より直々に任された土地である。その土地を城欲しさに移ろうとは忠義に反し言語道断。しかもそのために領民の暮らしを脅かすとは何事か!」

まあ、おっしゃる通りです。

しかし、君主の意向もあり、本多と犬塚から、「お前も悪いようにはしないから。な?」と説得され、しぶしぶ川合も了解し、姫路藩へのお国替えは成功しました。

姫路藩に順次引っ越しの際中、姫路城下の船場川が大雨で決壊、大洪水になりました。

先だって姫路に入り引っ越しの準備をしていた川合は、独断で避難民を城内に収容、被災者に米蔵から備蓄米を与え救済しました。

その後、引っ越しは無事に終わり、酒井家は姫路藩主となりました。

川合は、自邸に本多と犬塚を招き、慰労会を催しました。

以下、ちょっと時代小説風に書いてみます。


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三名の宴席は酒が進んだ。

お国替えは大事業であるとともに、洪水の被害もあり難を極めた。三人三様ながら肩の荷が降り、一息つくにはうってつけの酒席であった。

「川合、お前を悪いようにはせんと言っただろ?」 本多が酔いに坐った目でそう言った。

「引っ越しのどさくさで、お前、米蔵を空にしたが、わしと犬塚で殿を言いくるめたからこそ沙汰なしで済んだのだ。ありがたく思え。」

川合は静かに杯を傾けている。

犬塚が気を遣い、「まあ、今回の洪水で一時は石高は減るでしょうが、前橋に比べれば気にすることはありません。領民の死んだ数も400人程度で済んだ。たいしたことはない。」

「…400人で済んだか…。」川合は先ほどから肴に箸をつけていない。杯だけを傾けるのみである。

「ろくに野良にも出んで、大水の度に一揆ばかり企てる水飲み百姓だ。400人ぐらい減ってもまだ足りんくらいじゃ。」本多はがなり立てた。

「川合、なにを暗い顔をしておる?お国替えで殿も大喜びだ。白鷺城も手に入った。俺たちの禄高も上がった。こんなに喜ばしいことはない。」

「酒井家は譜代筆頭。しょせん上野前橋では役不足だったのです。」そういう犬塚も顔を赤らめながら川合に酒をすすめた。

「川合殿、よく説得に応じてくれました。川合殿の奔走あっての大成功です。ま、一杯。今日はいつになく杯が空きますな。肴を召し上がらないと悪酔いいたしますぞ。めでたいめでたい!ははははは!」

「…めでたいめでたいか…。」また、川合が伏し目がちにつぶやいた。

「…確かにめでたい。酒も進むな。ずいぶんと酔うてしもうた。失礼。」

川合は体を後ろに投げ出し手を突いた。楽な恰好のまま二人に続けた。

「我々はその通り。めでたいめでたい。しかしな、どうしてもわしはこのお国替えは家康公への忠義に反すると思うのだ。」

川合は天井を見上げた。そういえばこの酒席で、川合は一度も二人と視線を合わせていない。

「前橋藩の領民を苦しめて、その金のおかげ相成った。でめでたいめでたいだ。わし達は遠い姫路でうまい酒と肴で遊んでおるが、残された前橋の民は更なる苦境にあえいでおる…。」

「川合、酒に飲まれたのか?ろくに飲めんくせに。」本多が不機嫌そうに言った。

川合は体の向きを変え、床の間に手を伸ばしながら続けた。

「それを思うとな…、わしはどうしても、おぬしら二人を許すことができんのだ…。」

言い終わった時には、すでに川合の左手に床前に掛置してあった太刀が握られていた。

あまりの自然な仕草に、本多と犬塚は未だ膳の前に坐している。

「川合…?!」

本多があわてて立ち上がろうとした時には、すでに白刃が翻っていた。

本多はそのまま膳の上に突っ伏し動かなくなった。

犬塚は背後に走り自分の刀を取ったが、後ろから袈裟懸けに切られ右手は柄ではなく空を掴み、どっと倒れた。

二人の絶命を確かめ、川合は酒の残った自分の杯を飲み干した。

そして城の方向に僅座し自害した。

ほんの二三日前まで引っ越しの荷物であふれていた屋敷は、すでにもぬけの空になっていたという。

隣室には君主への謝罪の書状がしたためてあった。

酒に飲まれたうえでの凶行でないことは、明白であった。

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この事件は瞬く間に城下にとどまらず世間に拡がりました。

当然、新しく姫路藩主となった酒井家の評判も悪くなるばかり。

「なんだ、今度の殿様は前橋の民を見殺しにして作った金で姫路藩を買ったのか。」と揶揄されます。

酒井の殿様が「違うよお!幕府がこっちに国替えしろって言うから来たんだよお!別にお城なんか欲しくなかったもんね!僕!」と言っても誰も相手にしません。

それからしばらくして藩主酒井忠恭は亡くなります。

さて、どこにお墓を作るか?

元の菩提寺は前橋藩の龍海院です。しかし、現在は姫路藩主となりましたので、姫路に菩提寺を移すか、新しく設けるのが一般的だったようですが…、

酒井家はそうしませんでした。というか、できなかったのです。

そうしてしまうと、世間で「ああ、酒井の殿様はもう前橋時代はなかったことにしたいんだね。黒歴史だから。姫路デビューってわけか。ひどいね。」と言われるのが目に見えています。

「そんなことありませんよ!前橋のことは忘れてませんよ!民を犠牲にしてお国替えなんてそんなことしてませんよ。今でも前橋の領民と心は一つですから!」

…という体を繕うため、姫路藩主酒井忠恭は死後、遠い前橋に運ばれ龍海院に埋葬され墓が建ちました。

その後の藩主も同様に龍海院に墓所がつくられ、それは代々幕末まで続きました。


よって、前橋のお寺龍海院に、歴代姫路藩主10名の墓が建ち並ぶことになったのです。



さて、川合家は事件のあと御家断絶となりましたが、「川合の言うことにも理がないわけでもない。」ということで、子孫は苗字を「河合」に変えて城勤めを許されます。

河合家は優秀な人材を多く輩出し、特に河合道臣(かわい ひろおみ)は江戸時代後期に姫路藩の名家老として「姫路に河合あり」と謳われました。

彼の業績は、飢饉に備えて領地各地に米の備蓄庫を整備したり、サトウキビなどの付加価値の高い商品作物の作付けを進めて領民の生活を豊かにしたことでした。

また、木綿生産が盛んだった藩の綿製品を、大阪商人を介さず江戸に売る独自のルートを築くなど政治力を駆使して姫路藩の財政を立て直しました。

そのおかげで姫路藩は江戸後期には飢饉においても死者を出すことがきわめて少なかったとされています。

河合道臣は晩年の号「寸翁」の呼び名で、今でも兵庫県の人々の尊敬を集めています。


常に民のことを想った川合定恒の遺伝子が、絶えることなく後世に受け継がれたのかもしれません。








2015年5月19日 (火)

前橋~渋川~吾妻、100㌔走。

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伊香保温泉のランドマーク、石段街。

ハルヒルが散々でしたので、まじめに練習しようと思いました。

ということで、前橋市街から利根川サイクリングロードを北上し渋川へ。

まずは伊香保を目指します。


普段でしたら、伊香保の町営露天風呂につかって、そば喰って帰るのですが…。

今日は帰りません。そのまま榛名湖を目指します。

おとといに続いて、榛名山ヒルクライムです。伊香保側から。

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おいおい、いい景色じゃねえか…。

やっぱり榛名は伊香保側から登った方が断然良いです。明るいし景色もいいし、道も広いし…。

そんなこんなで榛名山へ。

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この先から急にハルヒルのノボリが建ってるでしょ?

なぜなら、あそこから高崎市だから。榛名山頂を二分する渋川市と高崎市の境界線は、ハルヒルのノボリがあるかないかでわかります。

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おとといは数千人が詰めかけた榛名湖も、静けさを取り戻しました。


さて、榛名湖着いたし、そろそろ…。

帰りませんよ!今日は!


榛名湖をぐるっと回って、中之条方面へ抜ける県道28号線を進みます。

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途中で、この看板を頼りに脇道に入ると…。

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大型車通行止めの細い道に入ります。


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あら!?素敵な林間道!

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こんな沢づたいに降りて行きます。

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山を降りたら吾妻です。すっかり晴れていました。

早くも田植えをしている田んぼもあります。

覗き込むとオタマジャクシがうようよ。

オタマジャクシはちょっと足が生えかかった頃が一番おいしいんですよねえ。(←ホントかよ?!)

この辺りの小さな段々畑は機械が入らないらしく、農家の方が手で苗を植えていました。


この後、吾妻の山間部を下り基調でしたがアップダウンをこなしながら、ぐるっと回って渋川へ。

以前ご紹介した、吾妻川沿いの「富貴の湯」で汗を流し前橋に帰りました。


自宅に着いたらちょうど100㌔。


やっぱり100㌔程度でも、山間部を走ると手ごたえがありますね。

忙しい忙しいと言い訳してないで、こんな日を増やしていきたいと思います。





























2015年5月17日 (日)

ハルヒルの成績が散々で、かえって希望が見えてきた!

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集まり過ぎた自転車バカたち…(これでごく一部)。


最高のコンディションでのハルヒル(私以外は…。)


高崎市旧榛名町。晴れ。スタートからほぼ無風。

朝のうちは気温も高くなく、最高のコンディションの中でレースは行われました。

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スタート!


沿道の地元のおばあちゃんが、「カチカチいってる?何がカチカチいってるの?ほら!カチカチ!」

それはクリートをペダルにはめている音ですよお。


結果として、自己ベストプラス14分という天文学的なタイムを叩き出してしまいました。

でも、一生懸命走ったんです。

出し切ってこれです。実に情けない記録ですが。


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こんなに榛名が長いと感じたことはありませんでした。

14.7㎞なのに…。

ぐったりヘトヘトになってしまい、後半少しフラフラ走行してしまいました。

「フラフラしないで!危ないから!」と、他の選手に抜かれざまに注意を受けてしまったほどです。

大変申し訳ございませんでした…。


ずいぶんと落ちた…。

ということはあとは登るだけだ!

2か月間自転車に乗らないと14分遅くなるということは、乗るだけで今より14分速くなるということだ!更に鍛錬すればもっと速くなるということだ!やったー!

ポジティブシンキングはプライスレスです。そして誰にも迷惑をかけない。


箱が開いて、自分の非力さ、サボり癖、言い訳がましさ、そんな全てが飛び出したのです。

そして、もう何もないであろうと覗いたその箱の隅に、可能性という希望が小さく光っていたのです。


先日、赤城のエントリー峠を越えました。

その希望の灯りを頼りに、9月27日「まえばし赤城山ヒルクライム」を目指します。


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しかしねえ…。

ハルヒルの参加者6000人って、やっぱり多すぎると思います。

前日の選手受付も大渋滞。レースのスタート直後も芋を洗うよう…。

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中古車展示場か!ここは!

もう少しスリムにしないと、続けていくのは大変なのではないでしょうか?


余談ですが…、
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ゴールして湖畔に向かうと…。

お姉さんが「お疲れさまあ!どうぞ食べてください!」と羊羹を差し出してくれました。

山頂では大量の羊羹と甘酒が用意されていました。野菜もありましたけど。


ありがたいのですが、私だけでしょうか?躊躇してしまうのは?

確かに辛党なので甘いものは苦手なのですが、一般の皆さんはヒルクライムのゴール直後に羊羹を頬張れるのでしょうか?

すみません。お姉さんには申し訳なかったのですがご遠慮させていただきました。

新手の拷問かと思いましたcoldsweats01

































2015年5月10日 (日)

完成!チルト君輪行バッグ!

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チョイ乗りで使っているチルト君。

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このように折りたたんだ状態でコロコロ転がせることができます。


転がしてそのまま電車に乗り、出先でサッと乗れたら大変便利です。

しかし、このまま電車には乗れません。輪行袋で覆わなくては。

そこで…。


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自作しました!サッとかぶせられる輪行袋!


ミシン持ってないので手縫いで8時間もかかりました。

ゴムを通してギャザーになってますよ。


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このように包んで…。

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そのまま転がせるのです。

素材は撥水加工のレーヨン。傘用の生地をWEBで購入しました。

軽量ですし、着脱は1分程度でできます。

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収納する袋も作りましたよ。


しかし時間かかったな…。

手芸用品店さんにいろいろ相談して完成にこぎつけました。

店員さんに「ポイントカードお作りしましょうか?」と言われました。


とりあえずいいです…。




































2015年5月 5日 (火)

タイ料理不毛の地前橋に、唯一あるなかなかのお店。

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なんだか、とても安い床屋さんみたいな外見ですが…。


前橋の街中(と言っても空洞化で人はいませんが…)、馬場川沿いにあるタイ料理屋さん。


ご主人は笑顔が爽やかなタイからやって来た素敵なお兄さんです。

お店はカウンター席のみで8席。まさに店名の由来です。


メニューも4品程度。前払い制。

つまり、タイの屋台料理屋さんが、馬場川沿いにあるわけです。


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こちらのトムヤン麺。スープが深い。辛さは選べます。


トムヤンクンに麺を入れた料理は、実は日本が発祥です。

日本で一般的になった後、タイ本国に逆輸入され、タイの人たちも「麺を入れると美味しいねえ!」とトムヤンクン&麺を再発見し、タイの屋台のポピュラーメニューになりました。

この店の二番人気、レック麺は素で出てきます。そこにナンプラー、唐辛子、酢、砂糖を自分の好みで合わせて食します。ホントに屋台みたいですね。


実は、タイで一番有名な日本の商品名は、「味の素」だそうです。

相当タイのあちこちで合成調味料が使われているのでしょうね…。


でも、こちらのセマクテは大丈夫。


ご主人が何時間もかけて作る鶏や豚、そして野菜中心の出汁をベースに、ハーブ系は繊維を断ち切るために小さな石臼で叩いて叩いて叩いて、下地を作っているそうです。


時々、爽やかな笑顔の店長さんが、ムエタイの試合に参戦すため、店休になることがあるそうです。


ハーブの入った石臼を、毎日毎日叩いて叩いて叩いて…。

それが、この店の美味しさと、ムエタイでの勝利を作り出しているのかもしれませんね。




















2015年4月26日 (日)

ふざけ過ぎた季節のあとで…。

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松原湖に、夕陽が落ちていきます。

先週、「ツール・ド・八ヶ岳」に参加しました。

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スタート直前。

「ガチャ!ガチャガチャ!ガチャチャチャ!」と、皆様がクリートをはめる音が響き渡るいつもの一瞬を、私はどこか遠くの山鳴りのように感じていました。


頑張りませんでした。

いろいろ言い訳して、スタートからチンタラチンタラ走りました。


1000人くらいの選手には抜かれたのではないでしょうか?


罰として、最後の4キロはどしゃ降りに見舞われました。

第一下山グループで降りて行った方々は、寒い思いをしなかったろうな…。


完走はできました。当たり前です。

でもみじめな道中でしたよ。

「いいんだ。来年は万全に調整してのぞめば。今日は様子見だ…」と言い訳して脚を回さない自分を、もう一人の自分が冷たい目で見ています。

「ヘタレ。できることから逃げて、逃げた先に何がある?」


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ゴール。そこには、ただの標識しかありません。


…何もない。ゴールして、思うことが何もない…。


下山しながら、規定時間を過ぎても、冷たい雨の中、棄権者収容バスに追い立てられながら、必死にフラフラと走り続けるライダーたちをたくさん見ました。


何をしているんだ自分は…。

「次は頑張る」の次はあるのか?

「また頑張ればいい」のまたはいつなんだ?


人生は短い。人によっては極端に短い。

10数年前に、希望にあふれて二十歳を迎え、すぐに病で逝ったずいぶん年下の友人の顔が頭をよぎりました。歳は離れていても、夢中で好きなことに没頭する仲間でした。


M、すまんな。オッサンはつい楽に生きようとする。

まあ、そんなあきれた眼で見るなよ。

お前と違って、俺には次があるんだ。ぶざまに頑張る姿を、観ててくれ。




































2015年4月18日 (土)

八ヶ岳に出発です。

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ああ、ついに来てしまった…。


明日はツールド八ヶ岳。

前乗りでそろそろ出発です。

2か月以上もまともに自転車に乗っていず、完走さえも自信がありません。


まあ、でも初めてのコースだし、景色を楽しみながらのんびり登ろうと思います。


まもなくチームぐったりドンキーのうっかり師匠が迎えに来るはずですが、きっといつもの通り遅刻でしょう。

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自家製やまと芋とセロリの漬物。

うっかり師匠は肉と揚げ物と甘いものとウィスキーがお好きで、ますます心配になるほど太ってきているので、ヘルシーなおつまみを作っておきましたよ。

今夜はレース前だけど、これをつまみながら少しお酒を召し上がってグッスリおやすみください。

そうじゃないと寝言がうるさいんだよ。ホントに…。


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さて、行ってまいります。

レースに参加される方、good luck!












2015年4月13日 (月)

千本桜は満開でした。

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合併で前橋市になった粕川。今日は最も粕川に人が集まる日。

粕川の赤城南嶺に桜のトンネルがあります。その名も千本桜。

実際に千本あるのかは知りませんが、今日は満開で、日曜日で、明日は雨。

ものすごい人出です。

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でも、まっすぐにロードバイクで行きません。電車を利用します。

上毛電鉄、中央前橋駅からサイクルトレインに乗っていきます。

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春のうららの広瀬川。上電ホームから望む広瀬川はいつ見ても穏やかで、絵になります。

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はい。今日も電車独占です。上電、春のデコレーション。

自転車の私と、押し車のおばあさんが一人…。

はっきり言って、自宅から粕川なんてロードバイクなら目と鼻の先なんですよ。

この電車の発車時間を車内で待つ間(上電はだいたい30分おきの発車)、走っちゃえば着いちゃうんですよ。


でも…、乗らないとねえ…、乗らないと上電なくなっちゃうから…。

という思いで乗ったけど、前橋から粕川までの運賃が540円!距離にして20㎞程度。すごいね!さすが全国最高額運賃路線!


おい!都内で貧乏学生をしていた私にしてみれば、540円あれば…、

都内の自宅から横浜スタジアムに行って、お決まりのベイスターズの負け試合をビール飲みながら観てもお釣りがくるよ(入場料は別)!

ポケットに小銭があればホエールズ時代からのハマスタ名物ちくわが食べられるかもしれないよ!


もう上電は「庶民の足」ではない…。この路線をこの先残すには、何かにつけて乗るだけでは、もう無理だろう…。

並行するJR線の一部分を廃線にするか乗り入れにするかしかないだろう。そんなことは無理だけどね。


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桜のトンネル。さすがの千本桜。延々これが続く。

ここに至るまでは車の大渋滞。何百台が全く動きません。

そこをすいすい自転車で。

途中、車の助手席のお姉ちゃんが、「いいなあチャリは…。」というつぶやきが耳に入ります。

子供が泣いています。泣く子供を乗せてUターンする家族連れの車も多いです。

少年達よ。いま胸に刻んでおけ。自転車で行けばいいじゃないか。

車はどこにも行けそうで、結局はどこにも行けないんだよ…。


たくさん自転車乗りにも遭遇しました。

みんなピタピタの服ですから、自転車を降りても目立ちます。

ちょっとだけ美人女性ライダーとお話を。

「今日ここに車で来るなんてナンセンスですよねえ。」

「そうですよねえ。自転車で来てる人がホントに多いですよね。そういう時代になったんですね。私たち女の子も含めて」

「ここから先に行きますか?」

「まだ時間が早いんで、初めてなんですけど16号線を登って大沼まで行ってみたいんですけど…。キツイですか?」

「まあ…、途中のパノラマ展望台辺りは勾配14%程度です。キツイですけど、表の赤城県道とは違った赤城が楽しめますよ。是非どうぞ。」

「林道もあるみたいですけど…」

「ええ。あるんですけど、確かに誰ひとりいない林間を走れるんですけど、春なんでねえ…。鹿と猪と、運が悪いと熊が…」

「熊も出るんですか?」

「ええ。私はやや離れたところから熊笹の中に真っ黒い背中を見ただけですけど…、やっぱり遭遇すると、グッときますね…。今の時期は林道はやめておいた方がいいと思います。」

「わかりました。無理かもしれませんけど、16号で行きます!」

彼女そうは言うけど、サッと走り出した後ろ姿はなかなかのベテランの脚ぶり。

きっとなんなく登っちゃうんだろうな…。


来週はツールド八ヶ岳に初参戦ですが、ちょっとしたケガで3か月近くも自転車ブランクがありました。完走さえも不安です。


完走を目標にしよう。そうしよう。ゆっくり走ろう。

(という体にすることで、次回参加以降の伸びしろを保とうとするいやらしい大人がここにいますよ!)







2015年4月 5日 (日)

前橋、名前の無かったもの巡り③前橋駅前 『建設と平和』像。第9回「権威の果実」

第9回 「権威の果実」

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分部の小品が久々に陽の目を見た某美術館の展示。

滅多に見れないんですよ。ある意味で。そういう意味で…。あとは勘案してください。



なぜ、日展は、日展作家は、権威に固執するのか?

それは、その権威に果実が実るからです。

具体的には、市町村などの自治体が、「権威」を基準に日展作家の作品を買ってくれるからです。

1970~80年代、ある市が公園にパブリックアートとして銅像を設置することにしたとしましょう。どんな作品を選定するでしょうか?


① まずは「地元出身か、地元に縁のある作家」が優位に立ちます。

② そしてその作家には、「市民が何となく納得してしまう経歴」が求められるかもしれません。

「内閣総理大臣賞受賞」、「日本芸術院会員」等…。美術的な評価は別にして、わかりやすいハクがついていれば、大方の市民は美術作品に深い知識は持っていませんので、「偉い先生のすごい作品なんだろうな」と思ってしまいます。

「美術的評価は別にして」というところも大切です。いくら地元出身でも、世界的に評価が確立しているような有名作家の作品では、一自治体、一市町村には購入できる経済的体力はありません。

③ 更に、「作品の当たり障りの無さ」も重要です。

あまりにも奇抜で前衛的な作風で、賛否両論が巻き起こるようなことになったら、市としては面倒です。なるべくおとなしいのがいい。

「こんなところに銅像があったっけ?」「あそこに銅像なんてあったっけ?」くらいの存在が良い…。


④ そして、「美術品」である銅像は、当然他の物品のように競争入札にはなり得ません。

「ここにふさわしい作品だからこれにしました。」と言ってしまえばそれでおしまいです。

「美術品」の値段だってあって無いようなものです。権威に値札が付いているようなものです。言い値で購入してもとやかく言われません。

また、そういったパブリックアートは公共施設の再整備などとリンクして設置されるケースが多く、帳簿上「美術品購入」として計上されていないこともしばしば…。

無限のようにある「設備費」「調度品」の項目の中に隠れ、その会計資料は短い保存期間が過ぎれば消えてなくなります。


こういった、「公共施設に美術作品を置いて、市民が芸術と触れ合う機会を作ろう!そうしよう!そうした方がいいよね?!」

というクライアントである自治体の要望に対して、
ぴったり答えるのが日展作家の作品と言えるでしょう。



分部順治と彼の作品は、前橋市においてそれらに完璧に答えていました。

昭和28年に前橋市初のパブリックアートとして通称「建設と平和像」を建て、前橋市との関係を築いたのち、彼は日展の権威の階段を駆け上ります。


そして、それに合わせるように、特に1970年代後半から80年代後半にかけての10年間は、ほぼ1年に1体の勢いで、彼の作品は前橋のありとあらゆる公共スペースに増え続けました。


さて、気になるお値段は?

今にしては、その金額を知る資料は闇の中です。


しかし、その世界に詳しい方のお話では、一体二百万~数百万(当時)であったろうとのことです。

そして大きなものは数千万円。詳しくは書きませんが、前橋市内で最も大きな分部の銅像は、あまり聞かない名前の財団法人からの助成を受けた県と市が、分部に発注して建てています。

その金の出所は…。宝くじの収益金なんです。宝くじの収益金(つまり皆さんが買ってはずれたそのお金)は、「宝くじ号」みたいな献血車になっているだけじゃなかったんですね。

それが市内に20体近くも…。市外にもたくさんあります。

当時の物価を現在に換算すると、億単位規模になります。


分部順治は、このように大変優れたビジネスモデルを開拓しました。

地方都市のパブリックアートのパイオニアとして道を切り開き、としておそらく他の地方都市にも、第2、第3の分部のような日展作家がいて、銅像を売りまくったことでしょう。

しかし、この市と分部との強力なコネクション。
市から分部に支払われる購入代金という一方通行の金の流れだけで、35年近くも維持していけるのでしょうか?

市は本当に、分部にただ何となく仕事を発注してきただけなのでしょうか?どうして分部だけを儲けさせていたのでしょうか?

いや、推論だけで話をするのは良くありません。やめておきます。


抱えきれないほど収穫された「権威の果実」は、籠からこぼれた実もあることでしょう。

それを誰が食べたかは、いまは知る由もありません…。



ほぼ毎年銅像が増え続けた10年間に時を合わせるように就任していた当時の市長は、1988年に選挙で敗れ退任します。

 

市長が変わると、突然、市と分部との関係は切れました。


蜜月は終わったのです。



時代は、バブル崩壊の崖っぷちにさしかかっていました。




過去の連載記事

「 前橋、名前の無かったもの巡り③ 前橋駅前「建設と平和」像」

前橋、名前の無かったもの巡り③前橋駅前 『建設と平和』像。第2回 「街に『ハダカ』がやってきた。」

前橋、名前の無かったもの巡り③前橋駅前 『建設と平和』像。第3回「銅像は誰が建てたのか?」

前橋、名前の無かったもの巡り③前橋駅前 『建設と平和』像。第4回「石を投げれば分部にあたる。」

前橋、名前の無かったもの巡り③前橋駅前 『建設と平和』像。第5回「略歴は語る。」

前橋、名前の無かったもの巡り③前橋駅前 『建設と平和』像。第6回「日展。在野にして在野にあらず。」

前橋、名前の無かったもの巡り③前橋駅前 『建設と平和』像。第7回「モニュメント」

前橋、名前の無かったもの巡り③前橋駅前 『建設と平和』像。第8回「夫婦漫談」










 

 

 

 

 

 


 

 

 

 


 

 


 

 

 

 

 

 

高崎駅。謎のフクロウと鳩。

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高崎市美術館からお手紙と招待券が…。

前橋駅前の銅像、通称「建設と平和」像の謎を追いかけて、様々な方に調査のご協力を頂いております。

そんなお世話になっている方の一人、高崎市立美術館の学芸員Sさんからお手紙が。

「高崎が郷土の作家たちの展覧会を開きます。分部の作品も久々に陽の目を見ます。是非お越しください。」

ありがたいことです。



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JR高崎駅。そして当然のように駅前ロータリーには分部作品が建っています。

「希」と「望」。合わせて希望。…わかりやすい…、わかりやすいよ。だがしかし…。

私はこの調査を通じ、100m先からでも銅像を見れば、「あれは分部」「あれは分部じゃない」と言い切れるほどのスキルが身に付いてしまいましたが、この高崎駅の銅像に関しては、ちょっと他とは違うニュアンスを感じてしまいます。

それは、銅像に寄り添っている…

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このフクロウと、

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この鳩。


なにこれ?唐突に。なにか意味があるのか?

わからない…。ここが分部らしくない。今後の宿題だ…。


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展覧会のエントランスが、分部のスペース。

入場券を買わなくても、分部の作品だけは無料で観られます。

その先からが有料です。

分部の作品の美術的価値について、私はなんら言うことはありません。

このような扱いの立ち位置を、どうくみ取るかは皆様の判断にお任せいたします。

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美術館に隣接する旧井上房太郎邸。

ここで1時間ほど学芸員Sさんと戦後のパブリックアートについて率直な意見交換をいたしました。

内容はあまりにも率直過ぎて掲載できません。オフレコということで忌憚なくご意見をうかがえました。

お忙しい中ありがとうございました。















2015年3月29日 (日)

やっとクリートシューズが履けたぜ…。

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春全開です。

大変ご無沙汰しております。

久々にブログを再開させていただきました。


実は…、2か月半ほど自転車に乗れないでおりました。

つまらない理由があるのですが、つまらないので割愛させてください。

(ロバ、ばらすなよ…。)


おかげさまでいたって健康になりまして、自転車ライフの再開です。

朝夕の通勤も快適ですねえ!

川沿いを走ると口に容赦なく虫が飛び込んでくるけど。


自転車に乗れない間、やっぱり太りました。


4月はツールド八ヶ岳に初エントリーしております。乗ってないなりに一生懸命登ろうと思います。



そして、毎日車に乗っていたら、10年物の車がボコボコ言い出しました。

またシリンダーのひとつにうまく火が回らない感じ…。

たしか、同じ症状で修理した時2万円近くかかったよなあ…。ひとつ直したらもうひとつ…。

4気筒だから金食い虫候補があと2匹いるのか!


更に、当たり前と言えば当たり前ですが、冬に突然乗り出したので、出先の銀行でバッテリーが上がりました。

一応ケーブルは積んでいたので、銀行の商用車に救援をいただき始動。なんとか動きました。



「乗らない方が痛む部品もある。」と言いますが、もっと気を使ってあげれば良かったな…。

一般的な国産大衆車ですから、故障は少ない方でしたが、10年すると乗っても乗っていなくても少なからずガタは来るのですね。かまってやらなかったからなおさらです。



潮時か…。今年車検ですし、買わないとダメか…。そう思うと5千円のバッテリーを購入するのも気が引けます…。



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シャレオツなカフェ。@某自動車ディーラー店内。


今日は休日でしたが、午前中は職場でちょっと仕事というか実験をして、午後は自転車でふらっと某自動車ディーラーにお邪魔してみました。

まあ、シャレオツな店内ですこと。

車を見せていただいて、試乗をすすめられましたが…。


クリートシューズでした…。ムリムリ…。





















2015年1月18日 (日)

小江戸川越、五百羅漢で自分を探せ!

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小江戸川越。今日はいまさらながら初詣で…、


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川越大師、喜多院へ。

お賽銭をはずみまして(五十円)、手を合わせた後、五百羅漢像を見物に。

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みっしりと、様々な表情と格好をしたお地蔵様が所狭しと並んでいます。

どれかひとつくらいは自身に似ているお地蔵様に出会えるというこの五百羅漢。

自分探しをしてみようと思います。


しかし…、個性あふれるその面々。いくつかご紹介させていただきます。

○「てへへ…!」編。

普通のお地蔵さんも多いのですが、特徴的なポーズをとっているのも多く、特に「てへへ…!」はお得意のようです。


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「てへ!」

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「てへへ!」

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「いやはや…、てへへへ…。」


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「あれ?たい焼きなんて買ったっけ?」



○すね打ち編。

どうやら皆さん、急所のすねをやたら打っています。


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「おう!すね打った!痛て!」 (軽度)


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「かー!いってえー!」 (中度)


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「…んはあー、んんん!かえって爽快!」 (重度)


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単にすねている人。



○飲み屋編

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「まあ、どうぞ一杯。」「いや、すいませんねえ」

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「俺の酒が飲めねえのか!」「てめえこそ飲みがたんねんだよ!」

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「お客さん、もう看板ですよ。」「ひえっく!おーい枕!さくら持ってきてくれ!」



○お賽銭編

お賽銭の額に不満がある様子です。

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「1円…、か…。」


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「ん?1円?」

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「あ、やっぱ1円だ…。」

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「オレ56円~!!やり!」



○裁判編

なにかと裁判沙汰が多いようです。


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「勝訴!」

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「不当判決!」

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集団訴訟


○昭和のモノマネ

モノマネが古いです。

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「どうかひとつ!どうかひとつ!」 小松政夫さん。


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「なんだバカ野郎!」 荒井注さん。

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桂枝雀師匠。(激似!)


○関わりたくない人々

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パンチ。


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バーで女の子の悩みを聞いているオネエ風の人。


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人の話を聞くときいつもこんな態度の人。


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どういうわけかこんなもの持っちゃってる人。


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内臓出しちゃってる人。

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「え?!私の年収低すぎ?!」の人。



○いまさらそんなこと言われても…


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「…あなたの子なの…。」

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「ええーーー!!!」




まあ、こんな感じで様々な挙動不審な、いや失礼、バラエティーに富んだお地蔵様が並んでいるわけで、自分に似た姿を行ったり来たりして探します。


ところで、参拝ついでにおみくじを引いてみました。

「どうか来月に組まれている実験で、自分の予想通りの結果が出ますように…!」とお祈りしおみくじを開けてみると…。

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末小吉…。裏側の説明書きには…、


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「職業に支障があり、物事が思うように行かないことでしょう。」



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…あ、いた。自分だ…。

















































































2015年1月 8日 (木)

一期一会。

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川崎の某中華料理店。(イメージ)


10年以上前、私は30歳をまたいで学生に戻りました。

都内のキャンパスに川崎から通っていました。都内は家賃が高いんでね!

川崎でパート勤務をしながらの夜学生でお金もない。

毎日のように豆腐ばかり食べていました。

今でも学会などで当時の同僚と顔を合わせると、「今でも豆腐ばかりなの?豆腐好きだね。」と言われるくらいです。


たまにの外食は、小さな駅の場末にある某中華料理屋さんでした。

台湾の人々が切り盛りする中華料理屋さん。皆さんいい人なのですが、あまり日本語が通じないお店です。でも安くてうまい!

その店は冷やし中華がすごく旨かった!季節もので義理で食べる冷やし中華なんていうレベルじゃない!3種類あって、二色麺だったり辛いのがあったり…。絶品でした。


去年の夏の終わり、出張で横浜に行った帰りに足を延ばして川崎の(といっても道一本越えると横浜ですが)その店に行ってみました。

冷やし中華を食べたのですが…、うーん、あの頃の味じゃない。

店主さんもコックさんも変わってます。

自分もおそらく変わっている。

…時が経つと、すべては変わります。仕方ない…。

一期一会なんですね。美味しかった思い出を大切にしよう…。




うろ覚えですがフロア係の30代の女性は、当時と同じ人のようでした。


お会計をして、駅に向かって歩いて行くと…。


「お客さん!すみません!」

と、そのフロア係の女性が追いかけてきます。

「え?は、はい?」

彼女 「お客さんは、10年くらい前に何度か来て下さった方ですね?」

私 「え?ええ。10年くらい前に何度か…。店ができた頃ですかね。」

彼女 「私、台湾から来てずっとこの店に勤めてます。あなたのこと覚えてるんです。」

私 「僕のことですか?」

彼女 「はい。私が勤め出したころ、失敗ばかりで、うまくできなくて、言葉もよくわからなくて…。」

私 「ええ…。」

彼女 「もうやめて国に帰ろうと思ってたんですけど…。でも、ある日、また間違えて、あなたの会計と他の人の会計を取り違えたんです。あなたはお酒のせいか、ずいぶん少ない会計に気づかないで帰って行った。」

私 「えー、そんなことあったようななかったような…?よく覚えてません。すみません。謝ります。」

彼女 「違うんです。私、店長に怒られて、もうやめようと思ってたら、1時間くらいしてあなたが『会計が間違っているのではないですか?』って帰ってきた。」

私 「そうでしたっけ?」

彼女 「あなたはきちんと清算してくれて、出て行ったので、私は追いかけてお礼を言いたいと思ったんです。でも店の用事があって出られなくて、窓からあなたを見ていたんです。そしたら、あなたはまっすぐ駅に入って行った。」

私 「…ええ。」

彼女 「あの人は、わざわざ電車賃を払ってまで、あたしの間違いの清算をしに来てくれたんだと思ったら、すごくありがたくて申し訳なくて…。」

ここから、彼女は涙声でした。

彼女 「ここは、いいところだって、初めて思えたんです。ここで頑張ろうって思えて…。ありがとうございました…。」



ずいぶん日本語もうまくなったようです。

生まれ故郷から遠い地で、辛いこともたくさんあったでしょう。


私は、そんなことすっかり忘れていました。はっきり思い出せません。


でも、人と人との関わりはそういうものだと思います。

私にも感謝してもしつくせない大切な方々がたくさんいます。

そして、知らないところで、自分も誰かにとってのそんな一人になっているのかもしれません。

What a wonderful world。

一期一会。





2014年12月29日 (月)

年末は忙しいですな。

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忘年会の帰り。夜の前橋駅。雨に濡れる建設君と平和さん。

盆も正月もあまり関係ない仕事をしておりますが、年末は忙しいんです。

例年、12月末日が県内の某研究発表会の演題抄録〆切り、年明け1月15日が全国規模の大きな学会の演題〆切り…。

そして、未だ実験結果が揃わず、途方に暮れている私がいます…。

毎年のことなのに、学習することなくアタフタしております。

チビこと、以前の職場の大変尊敬する女性管理職の座右の銘を思い出し、どうにか乗り切ろう。

「人生、ヤッツケ!」

2014年12月11日 (木)

ツールド八ヶ岳にエントリー!

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昨日は誕生日でした。そして今日、床がこんな感じ。


昨日は、ひとり小料理屋で飲んでいました。


カウンターの隣の席の方とお話が弾み、「誕生日なんです。」と漏らしたら料理を一品ごちそうしてもらうことになりました。

卵がたっぷりのはたはたの煮付け。美味しかったなあ…。ありがとうございました。


と、しんみりして自宅に戻るとこのブログによくコメントを寄せていただくあこがれ様から、「今日は八ヶ岳のエントリー開始ですよ。」というお知らせが!

そうだった!あわててエントリーしました。

エントリー画面で、「大会への意気込みを…」みたいな欄があったので、「草津の分まで頑張ります!」と書いておきました。


ロバに電話。

yagita 「八ヶ岳のエントリー今日からなんでよろしく。あ、ちなみに今日誕生日なんだ。ハッピーバースデーって言って。」

ロバ 「…ハッピーバースデー…。」

yagita 「それじゃ!」



翌日となる今日、夕方ロバから電話が…。

「yagitaさん在宅ですか?今から行きますから。熱いお茶くらいで構わないですから。」


数分後、ロバ君ら4人がやって来てクラッカーを打ち鳴らし、「ハッピーバースデートゥーユー!」と唄い、プレゼントに私の大好物の厚揚げとサッポロ黒ラベルをケースで置いて、すぐに帰って行きました。


…ありがとう。誕生日昨日だったけどね。気を遣わせて済まなかったね…。忙しいのに…。


彼らや彼女が帰った後…

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魚の水槽に卵が入ってる!

いつの間に!ロバ!おい!ロバ!お前絶対八ヶ岳でシナチクみたいにしてやる!

ああ!ちょっと卵から黄身が出てる!ロバ!ロバ!許さない!許さないぞ!!



2014年11月29日 (土)

人に教えたくない前橋の名店達。その1。

何もない街、前橋。

しかし、隠れた名店が無いこともありません。

私は経済面も自転車操業ですのであまり外食はしないのですが、どうせ外で一杯飲むならそこそこのお店を選択します。

本当は人に教えたくないんです。

でも、どういうわけかこのブログは県外の方からのアクセスも多く、もし前橋にお越しの際には有益な情報をお伝えしたいという気持ちもありまして、良いお店をご紹介させていただきます。今回は第1弾。

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前橋駅南口に近い、「蚕豆(そらまめ)」さん。


30代の若い店主さんが一人で板前に向かう割烹料理屋さん。


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夏の時期、関東ではめずらしい…、あれ?なんだっけな魚の名前?

フグのようでもあり、ヒラメのようでもある食感と美味しさ。

いつもあるとは限らない、旬の魚がその日の主役となります。

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焼き物も、こんなに細かく包丁を入れて、くるっと返すシャレオツさ。


こちらのお店、立地場所と駐車場が2台分しかない関係から、お近くの割とセレブ寄りの高齢者がお客さんとして多い。

ですので、店主さんは魚料理の骨の処理を慎重にしております。喉にひっかかってむせたりすると命取りになりかねないお客さんもいることでしょうから。

ですから逆に「骨があるから魚食べない!」というお子さんの口にも優しいわけです。

どうか魚嫌いのお子さんをお持ちの方は、是非子連れで訪ねていただき、お子さんの口を美味しさで塞いじゃって欲しいものです。

















2014年11月24日 (月)

裏道で伊香保に行ってみる。

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三連休の最終日。伊香保はお客さんでいっぱいでしたよ。

さて、この1ヵ月というもの、人の手伝いや自分の仕事でずっと家に引きこもり、まともに自転車に乗らなかった私ですが、やっと太陽のあたる場所に出てまいりました。

のんびり温泉にしようか。渋川越えて、以前おじゃました富貴の湯でいいかな?なんて思って行ってみたんですが、実際そこまで30キロくらいですし、たいして登りもないので物足りない…。

地図を見ると…、お?細い道がまっすぐ伊香保温泉の中心部までつながってるぞ!行ってみよう!


細い道、県道164号線は、何もありません。

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でも、紅葉が過ぎた半ば枯れたもみじが、またまた良い表情をみせてくれます。

そこから農免道路を経由。


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農免道路の標識。

…すみません。「ホントにこの道でいいの?」という疑心暗鬼であったため、写真を撮っておりません。WEBで拾った標識例です。


「農免道路」って、「免ってなんだよ?!」と思うのが人情だと思います。

山の中だけど林道ではないし…。

調べてみたら、あきれるくらいの中央省庁の予算のぶんどり合いから、昭和20年代に生まれた農道のカテゴリーです。

「免」は揮発税の免除対象道路の略です。


はああ?!略になってないよ全然!!

「免」て突然言われてもねえ?!剣道の一番メジャーな決め技ですか?なあおい?!


という思いを胸にして、その農免道路を登って行ったのですが、そんなにキツクない。

「ああ、余裕だ。遠回りだけどこっちの方が伊香保に楽々行けるんじゃない?」


…と、思ったのもつかの間、どんどん勾配がきつくなります。


伊香保にたどり着く3キロほど手前から、目測ですが勾配は12~13%の坂。

まあ、当たり前です。伊香保は急な石段が街の象徴。ということは階段がないところは全て急坂が支配する街なのです。

伊香保を越えて、その先の榛名に登る九十九折りが、なんとも緩く感じるほどです。


今回は北から南へ伊香保を目指しましたが、やっぱり直近は急坂でした。


でも、登っちゃえばご褒美があります。


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伊香保観光協会HPより借用。


坂また坂を登ると、町営露天風呂があります。この界隈も紅葉の名所です。

紅葉の季節は頭上のもみじが赤く染まる、すばらしいお風呂です。


残念ながら、今日はひらひらと色あせた残り少ないもみじの葉が、ひとつ、またひとつと湯船に落ちてくるだけでした。あと2週間ほど早ければな…。

ん?そういえば、この1か月間、私を缶詰にしたMさんとSさんの一人、Sさんこと小雪さんから、この場所で紅葉狩りする楽しそうな家族写真のメールが届いたっけ…。


…お前何してんだよ!こっちはなあ…!!!


と、言いたいところですが、お母さんもお姉さんも旦那さんもみんな幸せそうないい顔してました。

それでいいんです。

人は皆、人のために生きているんですから。










2014年11月19日 (水)

ああ、やっぱり…。ツール・ド・草津中止のお知らせ。

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草津町からお便りが届きました。

かねてから懸念していたとおり、やはりツール・ド・草津2015は中止が決まりました。

白根山は6月に噴火警戒レベルが上がり、そしてあの御嶽山の悲劇も未だ収束をみないままですので、仕方がありません。

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今日は久々に赤城へ。

からっ風が強くて飛ばされそうです。

私はヘタレライダーですので、まわる風の中でしっかり走るのに難儀します。

普段、スポーツクラブでも主に下半身中心にしかトレーニングしていないのですが、やっぱり上半身や腕の力も大切だなあと思います。

風がなくても、例えば赤城の終盤、「ここはダンシングで!」と思っても腕が思いのほか疲れていて、身体を支えるのが大変でヨロヨロしてしまうことも多々あります。


冬のあいだ、もう少し身体を鍛えよう。

この一ヵ月以上、家でもずっとPCに向かっていたのでだいぶ身体が鈍りました。


草津が無しとなったら、来年の初戦は「ツールド八ヶ岳」となりそうです。

標高が高く、距離もかなり長い大会…。


冬の間の志が試されますなあ…coldsweats01























2014年11月14日 (金)

「福福荘の福ちゃん」は、良い映画です。

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2014年11月8日より公開中。


先日、強風の中自転車で伊勢崎まで映画を観に行ってまいりました。

「福福荘の福ちゃん」

森三中の大島さん主演で、イロモノ、キワモノ扱いで敬遠されている方もいらっしゃるかもしれませんが…、

とても良作でした。

騙されたと思って観てみてください。

なぜ、大島さんが男性を演じるのかと疑問を持つ方も、観終わればその理由がわかると思います。


主人公「福ちゃん」はとてもいい人。いや、とびきりいい人。

生まれついてのいい人にとどまらないとびきりいい人は、心に深い傷を負っている。

だからこそ人の痛みがわかる。優しさの裏付けが違う。


福ちゃんをはじめとして、登場人物たちはこの生きずらい世界を不器用に歩んでいる人々。

荒んでしまうのが当たり前のそんな人々に、福ちゃんは説教するでもなく、過度に励ますでもなく、ただ笑顔で寄り添う。

…ただそれだけのことを、なぜ人は、自分は、できないのか…。それが大事なのになあ…。


確かに、ストーリーはベタで、悪人が一人も出てこないお話です。

でも、これはひとつの完成形です。監督さんの描きたかった世界が十分に伝わってきます。

「ああ、もう終わってしまう…。もっと、ずっと観ていたい…。」と思わせる映画。


ジェームズ・ステュワートの「素晴らしき哉、人生!」を彷彿とさせる、優れた作品だと思います。














2014年11月 7日 (金)

こんな夢を見た。

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いつものように、知らない土地を自転車で旅している。


今日泊まる街までどうも到着が遅くなるなあ、近道がないかなあと地図を見ると…。

今いる国道から脇に道がある。川沿いの道だ。その道の方が目的地にショートカットできる。でも地図上ではだんだん細くなっていて、舗装されているのかもわからない。

とにかく行ってみようと思い、道を進むと…、どんどん辺りは寂しくなる。

人家も無くいつの間にか行き止まりに着いた。その傍らにひとつ石碑が建っている。


石碑は慰霊碑だった。裏に回ってサッと碑文を読むと、今から40年以上前にこの辺りの水害で集落が壊滅し、多数の死者が出たと書いてある。

「ああ、そんなことがあったんだなあ。」と、その石碑の先の藪とも雑木林ともつかない茂みを見ていると、どうもそれを越えれば道が開けているのではないのかと感じる。

「ここを抜ければ道があって近道できるんじゃないか?」という気がしてそこに自転車を押して踏み込んでみる。


案の定、茂みを越えたら道があった。でも舗装されていない。そのうち舗装された道に出るだろう。なんだか人の住む集落の感じもしてきたし…。


ふと、後ろを振り返ると、不思議なことに自分が越えて来たはずの茂みがない。あれ?どこからここに来たんだっけ?よくわからない。


そうやって自転車を押して道を歩いていると、空き地があり、そこで子供が3人遊んでいる。


バットとボールを使って、野球遊びをしている。

声をかける。「君たち、この先に道は通じているかい?」

3人の子供は驚いた表情で私の顔を見る。

「おじさん、どこから来たの?」

「その辺の茂みを越えて来たんだ。」

「ふーん…。あの、おじさん、一緒に遊ぼうよ!」


しばらく子供たちと野球ごっこをして遊ぶ。でも、変だ。


第一、子供たちの服が…。まるでドリフの全員集合の母ちゃんコントに出てるメンバーみたいな服装だ。

それに、野球ごっこの最中、夢中になっている子供たちは、バッターになるたびに「長嶋だ!」「王だ!」と言っている。


ああ、ここは…。


もう夕暮れが近い。先を目指さなくては…。


「この先に集落はあるのかい?そこから街に道は通じているのかい?」

子供たちに聞いてみた。


3人は口ごもり顔を見合わせる。


でも、アキオ君という青い服を着た子は、思い切った表情で私の顔を正面から見つめこう言う。

「この先に僕たちの村はあるよ。でも行っちゃだめだ。帰れなくなる。」

…「帰るには、どうしたらいい?」

「僕が道案内するよ。おじさん。」

アキオ君と二人で歩き始める。他の二人の子供たちはすごく神妙な顔をしてそれを見送る。


アキオ君と歩きながら、将来の夢について話す。彼の将来の夢は、「食べたことのないハンバーグをおなか一杯食べる」ということだ。

「それなら簡単だろアキオ君。この先の国道沿いにびっくりドンキーがあったよ。」

しかし今どき、ハンバーグを食べたことのない子供なんて…。でも、ああ、そうなのだ。


青い服のアキオ君が先導した先に、あの茂みが現れた。ああ、ここから来たんだ。

「ありがとうアキオ君。元気でね。」

「あの、僕も一緒に行きたいんです…。」


もう、私もなんとなく察していたので…、


「…でもね、おじさんもなんとなくここのルールはわかった気がするんだ。迷い込んだ者は帰れない。ただし、この世界の者に案内してもらえば出られる。そうだろ?」

「うん…。」

「そして…、この世界の者は、よそから来た私みたいな者と一緒じゃなければ外に出られない。そうだな?」

「…。」

「でもアキオ君、出てしまったら、もう君はここに帰れないんじゃないか?本当にそれでいいのかい?君はどうなってしまうんだ?」

「…。」

「ハンバーグ食べたいか?」

「うん!」

「よし!わかった!行こう!」


二人で茂みを抜け、慰霊碑の脇を通り、てくてく歩いて国道に出る。

その街並みをめずらしそうな驚きの目で見渡すアキオ君…。


びっくりドンキーに入ってハンバーグを注文。

「こんな美味しいものは初めて食べた!」

とハンバーグのおかわりをするアキオ君…。


もう、夕暮れが迫っている。


「アキオ君、送っていくよ」というと、

「一人で帰れます。」

「でも、もう暗くなるから心配だ。」

「…大丈夫です。おじさんには、…これから先があるんでしょ?気を付けて行ってください。僕は来た道を帰るだけです。ありがとうございました。」

彼は深々とぎこちなくお辞儀をすると、くるっと向きを変え歩き始める。

「さよなら!アキオ君!」

「さよなら!おじさん!」

その時、とても明るい笑顔でこちらを振り向いて手を振るアキオの表情は、悲しいような嬉しいような、そんな神々しさがあった…。



国道を自転車でしばらく走ったが、やっぱりなんだか心配になり、引き返した。


わき道を進むと、あの慰霊碑があった。


自転車を止め、慰霊碑の裏にまわってみると、そのたもとには青い服がポツンと落ちていた。


夕闇が迫る中、慰霊碑に刻まれた水害の犠牲者の名を追っていくと、多くの名の最後近くに「○○昭夫」という名が読み取れた。


私は彼の青い服をたたんで慰霊碑の正面に置き、近くの花を摘んで手向け、手を合わせた。


そして慰霊碑の先を見た。そこに茂みはあるが、今見るとその先に開けた道があるとは思えない。深い森が続くだけだ。


昔、そこに水害に襲われた集落があった。…いや、今もあるのかもしれない。


時が止まったその世界から抜け出し、ハンバーグをお替りし、彼が雲の上に昇って行ったことを切に願った。たぶん、昇って行ったのだろう…。


こんな夢を見た。








2014年10月22日 (水)

缶詰。

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「イヤ、あの、悪かったよ…!そりゃあ今までこっちがそうしてたけど…、あ!痛い!痛いよ!けっこう君も良い歯持ってるね。…ていうかガブリ過ぎじゃね?!ああ!メンゴ!メンゴ!ツーゥゥ!!」

デスクに置いてある熊と鮭の逆転像。自宅での仕事の唯一の癒しキャラ…。




お伝えすることが何もありません。

連休だったのですが、雨でして、しかも以前からお世話になっている方の研究のお手伝いでずっと自宅に缶詰でPCに向かっていました。


全然自転車に乗ってません。


自宅のポストに届いた資料の整理を18時間以上。急ぎの依頼です。終盤にはモニターがよく見えません。目にうろこがかぶさっているようです。


私は極めてのんきな社会の端席を汚すようなサラリーマンなので、常に自転車操業みたいなものです。

自分の研究もいつもスタートが遅く、ヤッツケ仕事のスキルだけが身に付いていきます…。

お手伝いさせていただいた方も、普段から大変忙しくままならぬ想いでいますので、少しでも私が時間的にシェアさせていただければ、意味のある研究成果が得られるのではないかと協力させていただきました。


「これって意味あるのかなあ?社会のためになるのかなあ?」って、お仕事していても、していなくても、何かを思い、何かをする時、誰しも考えると思います。

考えないまでも、「これって意味あるのかなあ?」と感じることは、生きていれば数知れないと思います。


でも、それが大事なんだと思います。


自分の立ち位置に常に疑問を持っていないと、不信を持っていないと、社会という座標軸はどうも簡単に迷走します。


何もかも取り込むのが得意な人間社会。だから個々人が何らかの意識を持たないと恐ろしいブラックホールになってしまう…。ような気がします。


どんな主張や生き方やお仕事でも、「この考えが一番正しい!これが自分にとっての最高の生き方だ!この仕事は自分にとって天職です!はい!」って言う人は、…ええと、言い方は悪いですが、だいぶ気持ち悪い…。



「何か自分にできることが、この社会の片隅に残っているのなら、それを一生懸命やらせてもらおう。及ばずながら…。」

という意識しか、私にはありませんが…。

それでも疑問に感じたり、やっぱり向いてないなあ…と悩んだり、やってて良かったと思ったり、でもサボったり、日々発見があったり、泣いたり、怒ったり、笑ったり…。


そういう右往左往するダメ人間がいないと、この社会は行列に並べる人間だけの意味のない行進になってしまうんじゃないのかなあ…。


なんて、甘えて考える雨の夜ですcoldsweats01









2014年10月14日 (火)

台風一過の自転車通勤。野菜ジュースを飲みながら…。


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晴れた秋空が帰ってきました。


台風一過。自転車で通勤。

朝は台風の吹き返しの風が強くてひっくり返りそうになりました。


しかし、本当にひっくり返りそうになったのは…、


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途中のコンビニで見かけて購入したこの野菜ジュース…。


正直に言います。衝撃的なそのま○さ!(おい!正直に言ってないぞ!)


驚きましてひっくり返りました。


炭水化物は糖質と食物繊維。そうは言っても食物繊維の割合なんてたかが知れています。

野菜の多くは水分と炭水化物。

では、その野菜ジュースから糖質を取り除いたら…。

こんな衝撃的な味になります。


人間は太古からの厳しい生存競争の中で、カロリーと栄養素が十分にある食物を、「おいしい!」と感じるように進化してきました。生きていくために。

飽食の時代と言われてずいぶん経ちますが、「カロリーを摂るな!糖質を摂るな!ビタミンだってCばっかり摂るな!食物繊維?ああ、いいよ!」

という流れの中で、ついにここまで極端な味の飲料がコンビニで売られるようになりました…。


「野菜汁100%」「糖質OFF」「食物繊維たっぷり」「低カロリー」と書いてありますが…、もうこれは、ええと…、言いにくいんですが…、野菜の搾りかすです…。


もしどこかの、野菜嫌いな肥満のお子さんを抱えたお母さんが、野菜を食べない代わりに毎日子供にこのジュースを飲ませようなんて考えたら…、将来、野菜殲滅レヴォリューションが起きますよ。



誰だって健康でいたい。太りたくない。美味しいものを食べたい…。な・ら・ば!

自転車に乗ってみましょう!


少なくとも、とんでもなく怠惰な生活をしている私も、ちょっと自転車に乗るだけでずいぶん身体が軽いし何しろ太りません。ただ楽しく乗っているだけなのに!


インカロリーよりもアウトカロリーが多ければ、人間に余分な脂肪はつきません。

アウトをそのままに、インカロリーをセーブしたいと思えば、この野菜ジュースをはじめ、ものすごくまずい(いや、ま○いでした。すみません)食品のお世話になることになります。


ならば私は、どこまでも自転車で走って、美味しいものいただきたいと思います。















2014年10月 8日 (水)

ちょい乗りチルト君。

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折りたたみ自転車、その選択は難しい…。


ちょい乗りで、フランス B-TWIN社製 「tilt7」を愛用しております。


折りたたみ自転車って、小さく簡単に折りたためるのはもちろんなんですが、概して重いですから、持ち運びはだいぶ無理感が強い。

いろいろ探しましたが「これだ!」と思うものが無く敬遠していたのですが、しばらく前に見つけて購入したこのtilt、なかなかの優れもの。


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グイン…

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スッ…

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ハッ…?

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ええ…

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ああ、エスパー伊藤さんでしたか…。

この折りたたみ行程が大変簡単で、しかも時間にして3秒くらい。開くのもその程度で済みます。あっという間です。


しかし、最も特筆すべきところは、写真のようにタイヤが平行に収納されるので…

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転がして歩けるのです!

ちなみにサドルの先端は持ちやすいような造形を施されています。
転がしても、クランクが回ることはないのでペダルもその位置を動きません。


これは大変に便利です。ちょこっと輪行では大活躍です。


自作でtilt用輪行袋を作りました。ミシン持ってないので手縫いです。

あまり出来栄えが良くないのでヴィジュアルは紹介しませんが。


その輪行袋からタイヤをちょっとだけ出し、駅もコロコロ、エスカレーターもコロコロ、ホームもコロコロ、電車への乗り込むもコロコロ、うーん、バリアフリーです。



目的地が「電車を降りて5キロ先」っていう場合、わざわざロードを輪行で持っていきますか?

輪行袋からの出し入れの時間の方が、5キロの走行時間より長くなってしまうかもしれません。

でも、歩くには遠いな…。


そんな時にtiltを使っています。サッとかぶせるだけの輪行袋は時間も手間もかかりません。


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駆動はカーボンベルト。オイルフリーで服も汚れません。


変速はスラムの2段オートマチック。時速15kmを越えると自動的に重いギアに変速します。

まあ、スピードを求める乗り物ではありません。でもちょい乗り、ちょこっと輪行には最適です。


「欲しい!」と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、残念ながら現在日本には正規に輸入されていないようで、購入は難しいと思われます。


職場のトライアスロンアスリートの方に、「ダメだよ!そんな便利なもの手にしちゃ!ロードに乗らなくなる終わりの始まりだよ!」

と、叱られました。…気を付けよう…。

































2014年10月 4日 (土)

ロバがお酒を持ってきた。

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赤城山の大吟醸。


私ことyagitaは、そこそこお酒を飲むダメ人間ですが、チームメンバーの若い子たちはそんなにお酒を飲みません。

ですが…、

今回のAKGHCで私に5分近く差をつけ、「しょせんはオッサンですねえ!オッサン!オッサン!」と小躍りしていましたロバ君が、わざわざ自転車を貸したお礼に高いお酒を持って訪ねてくれました。


清酒、赤城山の大吟醸…。

それなりに高いのに、精一杯の気持ちで購入して、届けてくれたんですね。


ロバ 「やー、yagitaさん!遅いっすよ!俺、畜産試験場あたりなんて流してましたから!余裕で!あはは!」


なんてほざいていますが…、


オールスポーツの写真を拝見しましたら、彼はジャージの前が全開。全開ですよ?他になかなかそんな方いませんよ?!

そんな全力むき出しのロバ顔画像がたくさんアップされていました。


ロバ君ありがとう。また来年もよろしく。



ところで、手違いで前回の記事、「ついに?やっぱり?熊に遭遇?!」を削除してしまいました。コメントをお寄せいただいた方々、誠に申し訳ございません。ボーっとしてました…weep















2014年9月30日 (火)

ツール・ド・草津の開催に暗雲が…。


6月から火山活動が活発になっている草津白根山…。


噴火警戒レベルが引き上げられ、開催が危ぶまれておりました。

9月9日に実行委員会から「開催の是非を検討中」との発表がありましたが、そんな最中、御嶽山が噴火し、痛ましいことに多くの犠牲者が…。

ご冥福を祈るばかりです。


おそらく、来年の第20回大会の開催は見送られるのではないかと思います。

私もそうするべきではないかと思います。


3000名以上が参加するその日に、もし何かあったら…。

しかも、その兆候は今はっきりと現れているわけですから。


自然の大きなうねりを人間がどうこうすることはできません。


またいつか安心して登れる日が来ることを気長に待ちたいと思います。






















2014年9月29日 (月)

回復走 DE 赤城山!

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夏草や兵どもが夢の跡…芭蕉。


第4回まえばし赤城山ヒルクライムの翌日の今日、コースを走ってみました。

ゆっくりゆっくり、回復走がてら。


そこには、何の名残りもありません。

ガードレールに貼ってあったどこかのチームの応援メッセージもありません。

頂上に着いても、ゴールゲートはもうありませんでした。


しかし…、登っている。ちらほらライダーが登っている。


みんな、赤城が好きだねえcoldsweats01


途中、女性ライダーとすれ違いました。お互い顔を見合わせましたが、少なくとも、こちらは誰だかすぐにわかりました。

直接お会いしたこともお話したこともないのですが…。


ゴールに着き、一休み。すごい晴天。

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心なしか色づきつつある赤城山。


上もかなり暑いので、あまりオーダーしない例のソフトクリームをいただきました。


売店のお姉さん「昨日出たの?」

私「出ました。通年通り遅かったので、今日から来年に向けての練習開始です。」

お姉さん「あんたみたいにろくに休まない人がねえ、今日も何人もいるのよ。さっきもYさんていう女の人がねえ…」

私「ああ、さっきすれ違いました!『赤城の女王』ですね。」

お姉さん「そうそう!今年も表彰台に立てたみたいで…。」

私「実は去年も大会翌日に登ったんですが、その時も女王とすれ違いましたよ。」

お姉さん「あの人は本当に…、『赤城の女王』だね。ホントに赤城が大好きhappy01。」


赤城の女王様、今度平地で機会がございましたら、ご挨拶させてください。



ところで、今大会のチーム成績ですが、なんとあのロバが怒涛の頑張りを見せまして、今までにない好成績。

私は彼に5分近くも差を付けられて惨敗しました。

コソ練の成果が出たみたいだねえ。


ロバ「yagitaさん、しょせんはオッサンですねえ!あはははは!あはははは!オッサン!オッサン!オッサン!オッサン!」

と、クリートシューズを踏み鳴らし、得意の「オッサンダンス」が2時間以上にわたって繰り広げられました。



ああ、オッサンだ…。でも去年のタイムからは2分縮めた。

生きている限り、タイムを縮める。

ロバ君、君は常に私の先を走って、20年後、30年後まで、私への「オジイサンダンス」を披露できるように頑張ってくれ。









2014年9月28日 (日)

まえばし赤城山ヒルクライム、お疲れ様でした!

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チームぐったりドンキー。群馬を語る。

さて、皆様お疲れ様でした。

朝は冷たい北西の風が吹いておりましたが、びっくりするような秋晴れ。いや、まるで夏のようでした。


大会についてのお話はまた明日。


上司に気を遣わせてしまったらしく、明日はお休みです。


ということで、明日は回復走を兼ねまして、来年のAKGHCに向けての練習第1日目として赤城に登ります。


上司としては、「赤城に自転車で登る大会なんて、大変だろうからお休みにしてあげよう。」というお心遣いだと思いますので、翌日にまた登るのも大変恐縮なのですが…、


貧脚ながら、常日頃ダラダラ登っているのです。大丈夫です。疲れない程度に行ってきます。



















2014年9月27日 (土)

明日はAKGHC。

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大会前日。夕暮れのスタート会場。


明日ですね。夕刻に選手受付を済ませました。


まあ、遅くとも、全力を出し切りたいと思います。


ところで…、


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参加記念でいただいたこの手ぬぐい…。


左のころとんは良いとして、右のこの猫は何者?


世間に疎いオッサンですので、初見です。


どなたかご存知ですか?



さて、明日は4時起き。

いつも思うのですが、夜明けのスタート会場に立つ日が、この先の人生でまだまだ何度もありますように…。


皆様、good luck!





















2014年9月26日 (金)

今夜、前橋のバーで…。

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前橋。バー「uno」にて…。


yagita 「どうも」

マスター 「いらっしゃいませ、yagitaさん。いよいよ赤城のレース日曜日ですね。」

yagita 「いやあ、どうも、話になりません。去年より遅くなりそうです…。」

マスター 「結果はまだ先ですよ。今日はどういたしましょう?」

yagita 「いつものようにいいものがあればダブルでロックで。」

マスター 「スモーキーな方にしますか?」

yagita 「いや、今日はそんな気分じゃないな。」

マスター 「それでは…。yagitaさんはシングルモルトがお好きですが、今日はブレンディッドはいかかですか?」

yagita 「というと?」

マスター 「60年もののオールドパーが入っております。」


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もう、ラベルも剥げかけたオールドパー。

マスター 「軽井沢の手前にある知り合いの酒屋が廃業することになりまして、倉庫の奥から譲り受けました。」


…すごく優しくて、奥行きのあるしっかりした味わい。氷で薄まるのがもったいないくらい。


マスター 「この頃のオールドパーはまだ大手の息がかかってなかったですから、年によってすごく良いものもあれば普通のものもある。これは上物ですよ。」


しばらく飲んでいると…。


マスター 「この頃のオールドパーは、もう一つ細工があって、時の政治家や実業家にだいぶ好まれたんです。田中角栄の若い頃とかね。」

私 「細工というと?」

マスター 「慎重に探すと、ある一点で斜めに立つんです。」

私 「ホントですか?」

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探して探して…、あっ!立った!



マスター「くじけそうになっても、倒れそうになっても、持ちこたえる。そんな姿が愛されていたお酒です。」

私 「なるほどね…。それは私に向けての…」

マスター 「…エールです。どうか、頑張って下さい。」












2014年9月21日 (日)

最高のヒルクライム日和!

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まえばし赤城山ヒルクライムレースゴールから。


今日はチームぐったりドンキーの合同練習。

口だけのロバ、元自転車インターハイ選手の師匠、そして私で登ります。


朝8時過ぎのスタートでしたが、まーあ、ヒルクライマーがいるわいるわ…。

大会前の最後の日曜日。今日だけで1000人は登ってますね。

これだけいますと速い方が群れをなしていまして、ごぼう抜きのごぼうの気持ちがわかります。

ええ、うすうす気づいていましたが、私は人間じゃありませんでした。ごぼうでした。


何しろチーム名は「ぐったりドンキー」です。ドンキー(ロバ)自体にも英語圏では「のろま」の意味がありますので、速いわけがない。3人ともチンタラ登ります。


しかし、鳥居前からロバが怒涛の攻めに出ました。すごく速い。あっという間に背中が見えなくなります。


うっかり他のライダーがペースメイカーの標的にとらえて付いて行きます。

「付いちゃダメだ!あいつの脚はせいぜい12㎞までだ!」と言ってあげたかったのですが、もうはるか先に…。


案の定、15㎞地点の姫百合に着いたらロバが自転車を降りてしゃがみこんでいます。

そこから二人で九十九折へ。


師匠はもう全くこの世界にいません。スタート地点で消えていなくなってしまいました。


結局、ロバも途中でいつしかいなくなり、ひとりでゴール。


快晴の赤城山。風もなく山頂で待つのも苦になりません。


待つこと20分。ロバがゴール。笑顔で汗ひとつかかない爽やかさです。

「頑張らない。」と決めた人間の表情です。ある意味神々しいです。


二人で延々と待っても師匠はやって来ません。

私 「師匠って、ずっとこの先も『元インターハイ選手』っていう肩書が付いて回るんだね。大変だね。」
ロバ 「太り過ぎなんですよね。」
私 「お尻が白くてホントに綺麗なんだよね。」
ロバ 「ホントにほめるとこ、そこしかないですよね。」
私 「結局今日も遅刻だしね。」
ロバ 「畜産試験場あたりで『白豚が逃げ出した!』って感じで捕獲されたんじゃないですかね?」
ロバ 「おいおい、言い過ぎだなロバ君は…。」


そうこうしているうちに、師匠もゴール。


でも、そんな師匠、帰りの下山はすごかった!

「ちょっとだけダウンヒル楽しみます。危険じゃない程度に。」

と駆け降りて行ったら、かなりのスピードなのにものすごいコーナーワーク!

「このカーブをあのスピードで!」と、感嘆するしかありませんでした。

スピードをただ出したいわけじゃないんです。見ていて安心できるその華麗な技術。

…さすが。昔取った杵柄は朽ちていません。下りに関しては…。


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ロバ君。正座で署名。

ロバ君は朝、「AKGの前日受付行けないんで代わりに行ってください。」

と、ゼッケン引き換え券を置いていきましたが…。

署名も印鑑も押してない…。


合同練習が終わってから電話して再び来てもらい、書かせました。

ロバ 「そんな署名なんてありましたっけ?」


お前は何回自転車レースに…、出・て・い・る・ん・だ!中学生の頃から!












2014年9月20日 (土)

明日はぐったりドンキー合同練習。

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廊下が自転車だらけ…。


明日は所属チームぐったりドンキーの合同練習となりました。

メンバー5名のうち3名で赤城を試走します。


ロバは「すいません…自転車の…、調子が…。」

ロバの愛車、年代物のトレックが不調なため、私のBMC初号機を引っ張り出して貸すこととなりました。

人に貸すわけですので、失礼のないように入念に整備しました。ロバ!感謝しろよ!

廊下に初号機と現行機、そしてちょっと使いの折り畳みのチルトが並びます。あー、狭い。


もう一人の参加者はいつも仕事が多忙を極めるうっかり師匠。

声をかけてみるとめずらしく午前中は空いているとのこと。

「乗らなくちゃ、乗らなくちゃと思っていたら、電話がきました。是非行きます!」


早い時間が望ましいとのことで7時集合出発と相成りました。でもどうせ師匠はいつものことで遅刻します。絶対。


ロバはいつものビッグマウスで「オレ、ますます身体締まってます!今年は行けますよ!」みたいなことを言ってます。

なんとかロバ君の背中が見えなくならない程度に、追いかけていきたいと思います。


以上、どなたも興味のないチーム近況でした。失礼いたしましたcoldsweats01




2014年9月19日 (金)

出た!ガードレールイエロー!

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めったにお目にかかれない、前橋市土木事務所の秘密兵器!ガードレール清掃車!


今日、赤城に登りました。

姫百合まではいつもの林道を選択。だって、本コースを走るとタイムが気になってしまい、大会9日前の時点で死のうかなとか考えてしまうと大変なのでcoldsweats01


ゴール地点で観光案内所の例のボードを見ると、さすが大会直前ですねえ。シレっとすごいタイムが貼られている。

皆様、本当に努力されているんですね。努力だけではなく、きっとまわりの方の理解と励ましがあってのことでしょう。

こうやって、たいした記録も出せず、でも今日も登っている私もその一人…。

家族はもとより、お世話になっている勤め先の上司や先輩、自転車仲間や大会地域の皆様、そして行政さんがいてくれてこそ、今、こうしてスゲー遅いのにヒイヒイ言いながら直前試走ができるわけです。


ホビーレーサーのヒルクライム大会…。そう言ってしまえばそれまでです。


でも、好き者が一人で挑んでるわけじゃない。選手は大切なものを背負って山を登っている。私だって…、はい、そうです。


下りは本コースを走りましたところ、ガードレール清掃車に遭遇しました。

主催者の前橋市は、おそらく滅多に倉庫から出ないガードレール清掃車を出動させています。普段、ガードレール清掃車なんて見ることなんてまずありません。

ドクターイエローより見ることが難しいと言われているあの清掃車です。

わああ!見ました!ガシャガシャ洗ってた!でも近づけない!しぶきがすごい!



まえばし赤城山ヒルクライムの参加者の皆様。余裕はないでしょうけどガードレールをちょっとだけ見てやってください。

磨いてますよ。ガードレールさえも、陰ながら、そっとあなたを応援しているのです。


















2014年9月15日 (月)

ヤバいよ!ヤバいよ!

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朝ライド。だいぶ涼しくなってきました。

今月末に「まえばし赤城山ヒルクライム」が迫り、赤城の本コースを試走。

いつもはほぼ並行して走る脇道や林道を登って、姫百合からの九十九折りを経てゴールまで行っていますが、今日は本コースでタイムを計ってみました。


…遅い。自己ベストから9分も遅い…。ヤバい…。


エントリーの所要時間は1時間30分で申し込んだのに、全くのハッタリです。

まあ、言い訳はレースが終わってからにしよう。あと2週間では頑張ってもたかが知れていますが、努力は続けよう。


しかし、大会2週間前の日曜日、大勢の方が登っていました。

速い方は本当に速い。ケイデンスが違います。坦々と、ただ坦々と、スイスイ登って行く。

打ちのめされます。神様、私はダメ人間です。


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「お前、ダメ人間だなあ。オレもオレも。」

帰りに寄ったスーパーで、店先のこのカエルにそう話しかけられ、ついつい衝動買い。

400円でした。

家の棚に置きました。


お前はそうやってぐうたらしてろ。

俺はもうちょっと頑張る…。























2014年9月 8日 (月)

能登半島一周300キロの旅。 後編。

 
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人はなぜに大地の果てに、悲しみを捨てに行く…。


来てしまいました。能登半島最先端、禄剛崎(ろっこうざき)灯台。

そこそこ観光客はいましたが、自転車でここまで登ってきたのは私だけです。

まあ、ここに至るまでの道は狭く、他の方に迷惑なので自転車を押して登ってきましたが。


だいぶ雨が降ってきました。先を急ぎます。


たちまち豪雨になりまして、この後あまり写真がありません。

何しろ前もよく見えません。海側にガードレールも何もない区間も多いですので、うっかりしてると海に落っこちそうです。

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途中の集落にバス停があって雨宿りでお邪魔します。冬雪が多いでしょうから、結構しっかりした造りです。


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見附島、別名軍艦島。だいぶとがっています。

弘法大師がこの地を訪れた際、最初に目を付けたからこの名になったと伝えられています。

弘法大師って、ホントにどこにでも行ってるね。全国各地に弘法大師ゆかりの名所がありますが、ひとりで周りきれたのかな?実は30人くらいいたんじゃないのか?あと義経も。


しかし、今日の目的地、穴水までのあいだ、あまり集落がなく雨宿りするところがほとんどありません。

ちょっと補給したり、ルートを確認することもままならず、どうしようかと思っていると…、

やや海から離れた山の中に廃屋を発見。車庫のような納屋のような建物があり、絶好の雨宿りポイントです。

びしょびしょでほうほうの体でそこに逃げ込み、ルートを確認していると…、

「ワンワンワンワン!」と突然犬の鳴き声が。

一匹の犬がすごい剣幕でこちらに走ってきます。

首輪をしていロープも付いています。たぶんこの廃屋の持ち主が、廃屋とはいえ中を荒らされたりしないように犬をつないでいるんですね。

ロープもしてるし、結構遠かったので、まあここまでは来ないだろうとタカをくくっていると…、

ロープが異常に長い!まだまだ全然余裕があります!

「やばい!」と思って走って逃げます。犬は噛む気満々で吠えながら迫ってきます!もうふくらはぎに犬のヒゲが触ってるよ!

「もうだめか?!」と思った時、ロープがピーンと張り、犬はそこまで。悔しそうに吠え続けています。

危なかった…。間違いなく噛まれるところだった。一安心、一安心…。


ん…?いや、違うな…。


荒れ狂う犬の向こうに、私の自転車がポツンとあります。完全に奴のテリトリーの中です。


犬 「ワンワンワン!ワンワンワンワン!」
私 「……………。」
雨音 「ザアァァーーーーーーー…」

犬と自転車と私…。雨に包まれ、永遠のような時が経っていきます。



「餌付けだな…。それしかないな…。」

ザックから食料を探します。カロリーメイトチーズ味とソイジョイブルーベリー味。どっちを食べてくれるだろう…。

犬は鼻が良いから、チーズ味はキツイかな?ソイジョイでいってみようか…。

ソイジョイを小さく割って投げてみます。最初は怪しんでいましたが、食べました!

「もっと欲しいかい?まだまだあるよ。」

少しづつ与えながら犬に近付きます。

「いい子だいい子だよしよし…」

しょせんは飼い犬。もう手から直に食べます。一生懸命撫でてあげます。

まるでムツゴロウさんみたいに抱きかかえるようにして撫でながら、中腰でじりじり、じりじりと自転車に向かっていきます。

やっと自転車のそばに来ました。

「よし、じゃあ残りのお菓子はあっちに投げるからな。あっちだぞ。投げるよ!それ!」

とソイジョイを投げると、犬は一目散に追いかけていきます。

その隙に自転車を担いで一目散。奴のテリトリーから脱出します。

今度こそホッと一息。すると犬がもう食べ物はないのかという顔で帰ってきました。

「もうないよ!かりそめの愛情なんだよ!」と言い放ちます。豹変です。


なんやかんやで穴水に着きました。もうびしょびしょの上に、雨に濡れた犬臭い…。

予約しておいた宿舎のフロントへ。うっかり自転車の旅と言っておかなかったのでその姿に驚かれます。

フロント係り 「びしょびしょですね!あ、タオルどうぞ!とにかく拭いてください!あーあ、床がびしょびしょ!」

…すみません。

予約してなくて飛び込みだったらさっさと追い払われてるな…。

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雨の穴水湾。写真で見ますとわかりずらいですが、相当降ってますよ。

幸いこの宿舎、海を臨む大浴場があり、さっそく体の犬エキスをきれいに洗い流し、温まることができました。


さてこの穴水、人気の大相撲力士、遠藤の出身地なのです。

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いたるところに遠藤の等身大パネルがあります。地元の大スターです。

宿舎には夕食のサービスが無いので、タクシーで穴水市街まで行くことにしました。

フロントでタクシーを頼むと、フロント係りの方が

フロント 「お客さん、実は昨日、遠藤が里帰りしてたんですよ!」
私 「へえ、そうなんですか。いやあ、ひと目見たかったなあ。」

タクシーに乗ると

運転手 「実はお客さん、昨日ね、遠藤が帰ってきたんですよ!」
私 知ってますとも言えないので、「おお!そうなんですか!」

夕食を摂りに寿司屋に入ると

主人 「お客さん、実は昨日ね、遠藤が…」
私 「…へ、へええ!ホントですか?!」


この町の話題は遠藤しかないのか?まあ、ないんだろうな…。(失礼。良い町です。)


だいたい、さっきの遠藤の等身大パネルもあちこちにあふれているので、中には趣向を凝らして顔の部分をくりぬいて顔出しパネル風にしてあるものもあります。

でも顔くりぬいちゃったら誰だかわからないよ!単に自分がずいぶん太った姿になるだけじゃん!趣旨がよくわかりません。それだけ遠藤一色です。


朝、穴水を後にします。

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穴水駅。この先の表示が塗りつぶされているのは、もうずいぶん前に廃線になったからです。

この日、北陸地方は大変な豪雨。

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電車はどこかもわからないところで何度も止まります。


時刻表をそのたびに見返しますが、午前中の時点でこのまま青春18きっぷを使い鈍行だけでは前橋に帰れないことがはっきりしました。

しかたなく、直江津から越後湯沢までぜいたくして特急を使います。


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特急自由席の輪行は皆様の邪魔になりまして肩身が狭いです…。

空いててよかったのですが、車内販売のワゴンが通るたびに自転車を持ち上げなくてはなりません。申し訳ございません。

前橋駅に着くと、雨は降っていませんでした。


自宅に帰りついたところで、距離計はちょうど300キロ。

天候には恵まれませんでしたが、楽しい旅でした。


あとから聞いたのですが、能登は一年を通じて天候不順の日が多く、年間の落雷件数は雷でおなじみの前橋市より多いそうです。

なぜなら冬も落雷が多いからだそうです。誰もいない海岸線で雷に打たれて海のモズクにならずによかったよ…。






















 

2014年9月 2日 (火)

能登半島一周300キロの旅。 中編。

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輪島・住吉神社前でキリコが暴れまわります。


輪島の夜。今日は住吉神社のお祭りです。

この夏の終わりの時期、輪島は祭り一色です。

ごく近い神社でも、お祭りの日がずれているため、ほぼ毎日のようにどこかで祭事がくりひろげられています。


住吉神社前、午後8時。10基のキリコ(山車のような神輿のようなもの)が集結してきました。


住吉神社前の狭い交差点で、「暴れ」と称してぐるぐる回ります。


はっぴ姿の担ぎ手たちも、すでに酔っておりますのでキリコが倒れるんじゃないかと観ている方がヒヤヒヤです。


キリコには太鼓が付いていまして、壮絶な乱れ打ちと掛け声が響き渡ります。

叩き手は子供が多いんですね。でも、子供とは思えないような力強い叩きっぷり。


「お前行くか?!」「おお!」なんて、声掛けられた子供が飛び入りで入って太鼓を打ちまくる。

輪島の子供は、みんなこの複雑な旋律の乱れ太鼓を叩けるらしい…。


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太鼓の乱れ打ちが続くなか、キリコは街を練り歩いていきます。

さて、お祭りのクライマックスは0時ごろです。川岸の広場で松明に照らされたキリコたちが太鼓を乱れ打ちまくるわけですが…、


私は疲れていました…。


ということで夜10時ごろ、祭り見物から引き揚げ、民宿のおかみさんに、「明日も早いのでもう寝ます。おやすみなさい。」声をかけました。

おかみさんは、「ああ、もう自転車だから疲れたでしょ?ゆっくり休んでくださいね。それに、この後キリコはうちの前を通るから、またみられるよ。」とのこと。

床に就いてウトウトしかけたころ、キリコたちが四方からやって来ました。

さっき耳にしたよりも、更に太鼓の乱れ打ちが乗りに乗っています。


「わああ、さすがに10基集まるとすごい音量だなあ。周りの人声や掛け声も一段とすごいし、だいぶ盛り上がっていいお祭りだ。これが通り過ぎてだんだん音が小さくなっていったら、最高の子守歌だな。もう眠いし…。」と、思っていたら…。


通り過ぎない…。


ここは広場に向かうまでのキリコの一時集合場所のようで、10基のキリコは担ぎ手から降ろされ、ものすごい太鼓の音と掛け声、歓声が宿を建物ごと揺らします。

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宿の窓から。このキリコが路地に10基集結し、太鼓を打ち鳴らしています。


…全然眠れない…。


廊下に出るとおかみさんが、「やかましくて寝れんでしょ?あははは!でも11時過ぎまではこんな感じですよ!」

部屋に戻り、寝られるわけもなく寝返りを繰り返していると、変な角度で曲げたのか突然脚が猛烈にツレました。

まあ、日中150キロ程度走っていますので、ツレやすくなっていたこともあり、相当なツレ具合。

「ドンドンドンドンドドンドンドンドドドドドドンドンドンドン!」と乱れ太鼓が響き渡るなか、「あー!あー!ああああ!」と布団の上で悶絶し、七転八倒。

脚をおさえながら、まるで神に許しを乞うように天井を見上げ、「あああああ!」と苦悶の表情でもう一方の手を空をつかむように伸ばします。


良かった。一人で…。


誰か見ていたら、「…ああ、今この瞬間、新しい宗教が生まれた…。」と思われたことでしょう。


0時に近付く頃、キリコたちは川の向こうの広場へ移動を始めました。おやすみなさい…。


朝になり、早朝のまだ準備段階の輪島朝市通りを抜け、旅を続けます。



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千枚田。この景観を守るためにはもう地元のお年寄りだけでは限界があり…。

たくさんの県内・県外からのボランティアの方々に支えれ、今の姿が保たれているそうです。


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誰かが目を付けた、こんな岩があったり…。


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自転車担いで苦労してトンネルくぐったら、先に道がなかったり…。


まあ、上のトンネルは特殊な例ですが、時折トンネルが現れます。


岬と入り江の起伏が続く中、行く先にかなりの高さの岬を目の当たりにするとげっそりしますが、たまにその岬の高台に通ずる道がなく、たもとにトンネルの口を発見した時には…、


「Yes! Yes! no tunnel no life!  あははは!あははは!」と、またも怪しげな宗教の信徒みたいにうれしそうにそこをくぐります。トンネル楽だ!

普段は狭いし暗いし、車の音も大きく響き嫌なトンネルですが、なにせ車なんかほんのたまにしか通りません。このままここに住んじゃおうかと思うような快適さです。



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あの岬の向こう、海抜0mから…、

ここは距離1.8キロ地点。そして海抜100m。ひとつひとつの登りは短い距離ですが、こんな起伏が連続します。


珠洲市に入ってから、なんだか自転車を積んだ車を何台か見かけました。おや?

そして、そのうち道沿いに「トライアスロン珠洲」の旗や、コース指示の看板が…。


全く知らなかったのですが、昨日はこの能登半島の先端、珠洲市で大きなトライアスロン大会が開かれていたのです。

良かった!昨日で!今日だったらこのコース、参加者じゃなければ走れません。

完全クローズで公道封鎖して行われる大会かは存じ上げませんが、クローズじゃないとしても、選手の方々の邪魔になりますから走りようがありません。

「なんかひとりすごい荷物背負ってるやつがいる?」と思われるし…。


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まだ片付けられていなかったゴール。

周囲に誰もいなかったので、勝手に片手を挙げてゴールさせていただきました。

まだ自分のゴールはずいぶん先なのですが…。


そして、ああ…。ぽつぽつと雨が降ってきましたよ…。




                                                …つづく。















2014年8月29日 (金)

能登半島一周300キロの旅。 前編。

8月24日(日) 午前7時、金沢発。


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行程表をステムに貼り付けて、金沢を出発です。


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金沢からなぎさドライブウェイくらいまでサイクリングロードを使いましたが…。

まーあ、この道がデコボコなうえにあちこちに砂が溜まっていて大変危険です。

ガタガタが激しく、大変疲労しました。

海が見えなくても、国道249を使用することの方が正解でした。

ところどころで高速道路をくぐる個所があるのですが、たいがい泥に埋まっていまして…、


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ついには水没…。フナムシさんたちの巣になっていました。


ということでCRには別れを告げ、前から行ってみたかった博物館へ。


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「コスモアイル羽咋(はくい)」

こちらは展示物がすごい。

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マーキュリー。実物と同じ素材で作られています。

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ヴォストーク地球帰還用カプセル。実際に宇宙から帰ってきた本物。

中央アジアの砂漠の真ん中に突然火の玉のように帰ってきて、回収隊が来るまでポツンとたたずんでいた姿を、何も知らない現地の遊牧民たちはどんな目で眺めていたのでしょうか…?


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アポロ司令船。中を覗くと席が3つありました。

アポロ計画唯一の死亡事故はこの型の司令船の地上での訓練中に起き、3名の宇宙飛行士が焼死しました。

大空に飛び立つ前に命を絶たれた飛行士たちはさぞ無念だったでしょう。


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アポロ月着陸船。思っていたよりもデカい!

アルミホイルや金ホイルの部分は、当時に実際に使用された素材だそうです。


だいぶ見ごたえがありました。飛行士たちが実際に着用していた宇宙服などの展示もありますし、アポロ計画のマニュアル冊子などもありました。

こんな能登半島の片隅に、こんなに本格的な宇宙関連展示物が集積されているなんて…。

しかも入館料大人400円!すごい!


さて、コスモアイル羽咋を後にしまして旅は続きます。


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巌門。遊覧船がのんびりと行ったり来たりしています。

天気は曇り…。晴れていればさぞかし眺めが良いだろうな。


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松本清張「ゼロの焦点」でおなじみのヤセの断崖。

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「義経の舟隠し」。なるほどね。

しかし、義経の名前ってどこにでも出てきますね。弘法大師か義経か?って感じ。

この後、弘法大師が…、みたいな名勝も登場しますよ。


海沿いをのんびり走るお気楽な旅と思われるでしょうが、実はそうではないんですよ。

海岸線が複雑に入り組んでおりまして、入り江があると岬がある、岬があると入り江があるという連続ですが、その高低差がかなりの物です。


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なぜなら、岬は断崖絶壁のため、海沿いに道が作れないのです。


ですから、こんな入り江の海抜0m位のところから、一気に岬のてっぺん、海抜30~40mの高さまで駆け上がります。

一番きついなあと思ったところで、「海抜2mから100mまで距離1.8km。最大勾配100m刻み17.5%」なんてところもありました。

そんなプチヒルクライムが、いつ果てるとも知らずに連続します。

もちろん、のんびり走れる平坦な海岸線も多くはありますが。


総じて、国道県道その他の道路いかんに関わらず、道路の舗装は大変整備されていて、車もほとんど通らず非常に走りやすい。

起伏が激しいところも道路が滑らかだとだいぶ疲労が違います。



もうそろそろお昼にしたいなあと思いましても、なかなかお店がありません。

何か海の幸を…、と思いますが、有名な景勝地にあるお食事処はあまりおいしそうでもなく…。

結局、カロリーメイトなどの補給食などをかじりながら時が過ぎていきます。

でもねえ、ガードレールもない海沿いの岩場に面した道から下を覗き込むと…、サザエらしき貝をあちこちで見かけます。

…採って食べちゃおうかな…、とも思い掛けましたが、そうすると密漁です。

漁協さんから鑑識を買うお金もサザエを採る時間もありません。

見るだけで十分だ。飢えて死にそうになったら採って食べよう!それなら緊急避難だ!カルネアデスの舟板だ!少し違う気もするが…。



さて、しばらく海沿いを走り金沢から110キロ付近。

この辺りで道は内陸に向かい、海が見えなくなります。


更に内陸に進む国道を行くか?海の方に抜ける山を越えるか?

でも、はたして山を越えて海沿いの道はあるのか?地図にははっきりと道らしきものが見えません。


ちょうど分岐点に駐在所が。

お巡りさんに聞いてみると…、

「山超えて海に?道があるかって?あるわけないよ人なんか住んでないんだから。ああ、でもね、この山のてっぺんで分かれ道があるからそこを右に行きなさい。そうすれば輪島に向かう海沿いの道に出られる。そこからは道がある。あ、それから山の中に男女滝っていうきれいな滝があるから、是非観ていきなさい。山はそうだなあ、すごく険しいというわけじゃないなあ。自転車で行ったことないから何とも言えないけど。」

ではここを山越えしよう!登り始めたら…。登りの距離こそ長くはありませんが結構急です。最大勾配100m刻みでやはり17.5%ほど…。良いトレーニングになります。


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お巡りさんが教えてくれた、「男女滝(なめたき)」。

おお!いい滝だ!お巡りさんありがとう!



しかも海に出てからの輪島までの道が今回最大の難所でした。

入り江・岬の波状攻激が、約20キロにわたって続きます。勾配は100m刻みで20%を超える区間もありました。

今日の行程150キロで終盤がこの調子ですから、貧脚の私には堪えます。


夕方、輪島に到着。

市内の小さな民宿です。

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趣きのある良い部屋です。


今日は輪島の住吉大社の大祭。

もうどこからか、太鼓の響きが聴こえてきましたよ…。


                                              …つづく








2014年8月28日 (木)

能登半島一周300キロの旅 序編。


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能登半島。自転車で周ってみました。


今回は、旅の序編。



8月23日。

一路、輪行で金沢へ。


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金沢21世紀美術館。

とても素敵な現代美術館。

今月末まで、レアンドロ・エルリッヒの本邦初の個展、「ありきたりの?」が開かれています。

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レアンドロと言えば、21世紀美術館に常設されている、通称「レアンドロのプール」。

水中に誰かいて手を振っていますね。苦しくないのかな?

でも別の通路からプールの中に入ってみると…、


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水は無いんです。表層の透明な板にただよっているだけ。

代表作ですが、今回は開館10周年記念展として、彼の多くの作品をいっぺんに観ることができます。すごい!


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「見えない庭」。何が見えないの?中の植物は丸見えですが…。

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写真を撮ろうとすると、おや…?変なところに自分が映る…。


この格子に囲われた庭、実は中央の柱から放射状に鏡でいくつも区切られているのです。

中の植物全体を見ているようで、実際には区切られた一区画の植物が鏡に映る姿しか見えていません。

遠目で見たら何らありきたりの風景。しかし、一歩近づくとそこにあるのは虚構なのです。


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「雲」。いろいろな形をした雲に、「犬」なんてタイトルを付けて展示しています。

ふかふかした雲をそのまま閉じ込めたような、綿菓子のような作品ですが…。

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横から見ると、そこにはふわふわの実態はありません。

ガラスに吹きつけられた、ただの白い模様がそう思わせているだけです。


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「リハーサル」。ガラスの向こう側の部屋には楽器が宙に浮いています。

こちら側の部屋で椅子に座り、置いてある楽器の弦を手に取ると、まるで自分が弦楽器を演奏しているように映ります。

部屋にはクラシックの名曲が流れ、それに合わせて弦だけを空中で動かします。

しかし目には巧みに名演奏をする自分の姿が映っています。

私は音符さえ読めないのに…。


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「サイドウォーク」。

個人的に大好きな作品。人に説明したくないくらい好きな作品。

当然これも、水たまりに町並みが映っているありきたりな風景ではありません。



レアンドロの作品は、今回の個展の名が示すように、「ありきたり」のあいまいさを追求しています。

私たちを取り巻く、当たり前な、当然の、ありきたりな風景、意見、情報、習慣、人間同士の関係…。

でも、はたしてそうなのか?実はそこに「ありきたりの…」という思い込みに隠されたトリックが、そう思わせているだけではないのか?

彼の作品は、「疑え、騙されるな」という警句ではなく、ユーモアの中で、「あなたにとってのありきたりは、あなた自身で決めてください。」という柔らかなメッセージを含んでいると思います。



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そろそろ、レアンドロのプールにも夕闇が迫ってきました。

中庭が、刻一刻とやわらかなグラデーションで染まります。



様々な視点、多様性、可能性を包み込む…

この世界は、ありきたりではないのです。

























2014年8月19日 (火)

行くぜ!能登半島!

夏休みをいただきました。3.5日間。

能登半島一周の旅に出ようと思います。

ただし、金沢まで輪行です。

なぜなら、前橋~金沢~能登半島一周~前橋では(夜間は走らない主義のため)、3.5日じゃ走破できません。


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8月の終わりは能登半島はお祭りに染まります。


電話で予約した能登の小さな民宿のご主人…、

「24日ですか?空いてますよ。ええ、ゴホゴホ…。あれえ?空いてたっけ?おばあさんおばあさん!…ああ、空いてます。ゴホゴホ。…薬?飲んだよ。…あれ?飲んだっけなあ…?あ、一名様、はい大丈夫ですよ。え?お祭り?ええ、キリコはうちの前の道を通るんですよ。ええ。ゴホゴホ。…え?何?薬?ああ、はいはい…。」


…、おじいさん、私が投宿するまで無事でしょうか?どうか薬を飲み忘れませんように…。


















2014年8月13日 (水)

自転車に牽かれて善光寺。前橋→善光寺、130キロの旅。

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長野県長野市、善光寺。

ご無沙汰しておりました。久々のブログ再開です。

何もしたくない病になりかけていたので、日々の行動をセーブしておりました。


さて、先月は前橋から善光寺までの旅に出ていました。

朝6時ころに前橋を発ちまして、西に向かいます。


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安中杉並木。群馬県人なのに初めて通りました。

まあ、松井田まではやや登り基調の平坦路です。

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横川駅、碓氷峠鉄道文化むら。

向かいは峠の釜めしで有名なおぎのやです。

そしてここから碓氷峠越えのヒルクライムがはじまります。

後悔は、横川駅に置いていく…。


横川駅から碓井バイパスを進みます。旧道はここのところの雨で落石が多いうえに、碓井バイパスが無料になってからは路面の整備もほとんどされていないのでパスしました。

ですから実際には「碓氷峠越え」ではなく「入山峠越え」です。しかし、等高線は同じでして標高差・勾配共に大差ありません。


横川から最高点の入山峠までは距離15km、平均勾配4.5%、最大勾配は500m刻みで10%ほどとなります。


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妙義の奇岩が迫ってきます。この向こうに行くのか…。ふう…。



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「急カーブ!上り坂、8%」

ご丁寧にありがとうございます。でも知ってます。調べてますから。


赤城よりも規模は小さいですが、終盤はそこそこ疲れます。

でも、レースではないですからのんびり登ります。


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最高点、「入山峠」。ここから長野県軽井沢町となります。

軽井沢に入るとアップダウンが続きますが、避暑地ですから大変涼しく…、

ないよ!まだ午前中なのに、この日の気温は33℃。ここから下って長野市はいったい何度になっているのでしょうか?軽井沢の写真を撮る気もなくしました。


途中コンビニで休憩していると、おじいさんに話しかけられます。

「どっから来たの?」

「前橋からです。」

「峠越えて来たの?すごいね!」

「いや、けっこういますよ。今日も何人か見ました。」

「いやー、運動マンだ!運動マンだよ!」

…運動マン…?スポーツマンという意味でしょうか?


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軽井沢を過ぎて、「浅間サンライン」を進みます。

浅間山の南山麓をどこまでもつなぐ風光明媚な道です。

多少トラックは多めですが、信号がなくて走りやすい。


ただし、こんな暑い日は要注意です。何もない風景が続くので補給のしようがない。

地図で確認しておきましたから、事前に飲料を1リットルほど買い足しておきました。補給食も用意しておきました。

この時点で気温は36℃。こんなところでハンガーノックや熱中症になったらおそらくすぐにアスファルトの上で蒸発しちゃいますね。影だけ残して。

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道の駅から浅間の西側を望みます。

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知らない土地には、なんだか珍しい地名があるものです。


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千曲川(信濃川)。こんな大きな川が西に向かって流れています。

日本海側にいるの実感します。



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そして到着。善光寺。

善光寺は大変古いお寺で、日本に伝来した仏教が各宗派(真言宗とか)に別れる前からあったので、どんな宗派も関係なくお参りできます。

それに古いお寺によくある女人禁制でもないんです。

だいぶ開かれたお寺なんですね。


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この本殿にご本尊がいらっしゃるのですが…。

そのご本尊、「一光三尊阿弥陀如来像」は完全なる秘仏です。

住職さえも、ちょっと台座を覗くことしかできません。

7年に1度の御開帳で公開されるのは、ご本尊のレプリカなのです(それも相当古いものですが…)。

ですから、こう言ってはなんですが、もしかしたら無いかもしれないのです。

はるか昔に盗難にあっているなんてこともあるかもしれません。または、最初からなかったのかもしれません。

その実在を誰も確かめることができないご本尊。ミステリアスですね。


でも、ご本尊に少しでもお近づきになりたいのが信者の皆様の願いでしょう。それを少しでも叶えてくれるのが、「お戒壇巡り」です。


実は、本堂には地下通路がぐるっと巡っておりまして、そこを通ればご本尊の真下に行けるのです。

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ここがその入口。中は本当に真っ暗です。

入る前にお坊さんがこう教えてくれます。

お坊さん 「真っ暗ですが、右側の壁に手を付けて歩いてください。運が良いとご本尊に通ずる扉の錠前が手に触れます。そうしましたらガチャガチャやってみてください。」

私 「ガチャガチャやると、何か御利益があるんですか?」

お坊さん 「ご利益というより…、そうですねえ、仏様と握手してるということでしょうか。」

私 「…はあ。」


ということで、入口の狭い階段を降りて行きます。

ええ!こんな入口からもう真っ暗なの?階段が全然見えないよ!…と、思ったらサングラスしてた。

奥に進むと全くの漆黒。なんの光もありません。

ちょうど空いていて私一人です。恐る恐る進みます。

あ!右手に触れる物が!錠前だ!ガチャガチャガチャガチャ!

思い切りガチャガチャやっていると、いつの間にか後ろに人がいたらしく、耳元で、「壊れますよ。」と。

わあああ!びっくりした!


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境内には「仏足跡」なるものが…?


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仏様の足跡だそうです。

なんでも、手を合わせるとマラソンや自転車など足を使うスポーツにご利益があるとか…。

手を合わせ、「どうかひとつ!どうかひとつ!」と、小松政夫さん風に懇願しました。


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長野のコンビニの調味料コーナーには当然のように「あの唐辛子」が売られている。

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あの唐辛子、八幡屋磯五郎・善光寺唐辛子をお土産にいたしました。


一泊して、帰りも自転車でと思いましたが、天気予報は最高気温を38℃とうたっています。

帰りは100キロくらいダラダラと登りが続きます。この日、熱中症で命を絶たれた一人に数えられる可能性がありますので、輪行に切り替えて帰路につきます。


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帰りにほくほく線に乗ったら特別車両でした。

トンネルに入ると音楽が流れだし、天井に大輪の花火が打ち上がります。

頑張ってるねえ!ほくほく線!


しかし、天気が良すぎるのも大変ですな…。




































2014年7月14日 (月)

高校野球と七夕飾り。

3連休二日目。

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上毛新聞敷島球場。


早い時間に自転車に飛び乗ったので、バックネット裏の良い席に着けました。

なににしても、スポーツはライブが面白いですね。

高崎商業と樹徳の試合。なかなかの好カード。樹徳復活ののろしは上がるのでしょうか?

群雄割拠の群馬大会。今後が楽しみです。


さて、今日は前橋の七夕祭りの最終日でした。朝、自転車で中心街を駆け抜けましたが、だいぶ飾り付けが質素ですね…。


子供たちの意表を突くような願い事を書いた短冊を見るのは面白いので、探したのですがほぼありません。

あるのは高齢者施設やデイサービスセンターを利用しているお年寄りの達筆な短冊ばかりです。


…少子化、過疎化が進む地方都市の現実をひしひしと感じてしまいます。


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でも、あるスーパーに飾ってあった子供の短冊には圧倒されました。

「うどん1000こたべられますように。」


1000個?

相当好きなのか?それともそんな罰ゲームを課せられたのか?

食べられたらいいね。でも無理しないでね。





















2014年7月13日 (日)

梅雨時の3連休。

3連休1日目。快晴。

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赤城山西嶺、穴山林道。


3連休です。特に何の予定もありません。

ケガの具合もだいぶ良いので、軽く赤城に登ってみます。




渋川から林道を目指すコース。

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しばらくは植林の杉が並ぶ殺風景な景色ですが、そのうちにトップの写真のように美しい木陰道になります。



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しかし、シレっと落石していたり倒木していたり…。気を付けよう。


それにこの時期の赤城は、ちょっと停まって小休止というわけにもいきません。

なにせアブとブヨがすごい。刺されるとちょっとしたアナフィラキシーを起こす人もいますから大変です。

自転車の速度だとアブやブヨにはまとわりつかれませんが、普通に山歩きをされている人はいったいどうしているんでしょうか?今度山ガールの上司のSさんに聞いてみよう。


標高は1000m弱。たいして涼しくもありませんが…、

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この前橋へ抜けるダウンヒル!あー、涼しい!


人も車も通りません。延々と下ります。

いつも「下りは寒くて嫌だなあ。」と思っている私ですが、さすがに気温36度ですと爽快です。

ていうか暑すぎるよ!前橋!


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帰りに渡った利根川にかかる大渡橋(おおわたりばし)。

橋の真ん中あたりにこのようなスペースがあります。

朔太郎の詩と解説と、石造りのベンチがありそこには碁盤の目が刻まれています。

でも、なんだか中途半端な感じがしません?


この場所にはちょっとした秘密があります。

設計に関わった市役所OBの方からお聞きしたのですが、実はこの場所には朔太郎の銅像が建つはずだったのだそうです。

橋は、様々な荷重に耐えるために、複雑な構造計算が必要ですが、たいがい予測よりも頑丈に造られています。

この大渡橋。設計途中に朔太郎の銅像を建てるという案が浮かんだため、重い銅像の重量を勘案し、構造計算をやり直し、更に丈夫にしたんですね。

ところが土壇場になって、朔太郎の遺族からOKが出ないという事態に至り、銅像が建つはずだった場所は現在のなんだかお茶を濁したような佇まいになっています。

設計担当者 「だからねえ。大渡はとびきり丈夫なんだよ。特にあの場所は…」

私 「百人乗っても?」

設計担当者 「…大丈夫。」





























2014年6月30日 (月)

リハビリ走なら温泉でしょ?

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今日もお休みです。利根川CRを北へ。

雨の合間をついて、昨日よりも長めにリハビリ走。


ほんの少しだけ登り行程を取り入れ(そんなに登んないけどね)、渋川方面へ…。

目指すは吾妻川沿いにある一軒の温泉施設です。

前橋の自宅を発って25km、大正橋から更に県道36号へ乗り、5~6km進みますと…、


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小さな温泉施設が。「金島温泉 富貴の湯」です。

こちらは天然掛け流しの自噴温泉(自噴がすごいね)で、泉質は伊香保を濃くしたような塩質です。

源泉温度が33℃のため、ちょっとだけ加温しているそうです。


建物は小さくアットホームな雰囲気。

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内湯は狭からず広からずです。おじいさんにはお断りをいたしまして1枚撮らせていただきました。

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露天もあります。(富貴の湯HPより)


露天風呂には80歳は越えているおじいさんが二人。話し込んでいます。

なんの話をされているのかそれとなく聞いてみると…、

「マンモスの骨っていうのはよく出るのかねえ。」

「あれじゃないかねえ。いま地球があったかい時期だから、氷土が溶けて出てくるんじゃないのかねえ。」

「ああ、そうか。そういえば20年くらい前かなあ?ニュース映画でそんな話を聞いた気がするなあ…。」

…話の内容も予想外ですが、えー、おじいさん、映画館でニュース映画やってた頃は40年以上前ではないでしょうか?20年前ってもう平成ですし…。


ぬるめに調整されていて、長めに入れるいいお風呂ですね。話も弾みます。

「やあ、あんた、平均年齢下げに来たのか!ははは!」

と話しかけられ、詳しくないけどマンモスについて語り合いました。


あと、特徴としていたるところに注意書きの張り紙や看板があります。その内容がなかなか味がある…。

「最後に出られる方は浴槽の栓を抜かないでください。」

…きっと、自分が出たら掃除の時間になるからと、気を効かせて栓を抜いちゃう方がいたんでしょう。

「植木に温泉をかけないでください。枯れます。」

…露天風呂の植木に水をあげたくて、温泉かけちゃって枯らしちゃった方がいたんでしょう。

やさしいお客さんが多いんでしょうね。


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飲泉所もあります。

15畳くらいの休憩所もありまして、お茶をいただけます。

柴犬よりも小さなおばあちゃんが一人座ってお茶を飲んでいて、お茶のみ人形かと思いました。



こちらの温泉、元は向かいにある会社の福利厚生施設だったのです。

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こちらの生コン製造会社さんを含む企業がオーナー。


生コンを製造するため、吾妻川沿いの砂利を掘っていたら、温泉が出てきちゃったんですねえ。

せっかく出てきたから、社員さんの福利厚生施設を作って、地域や旅行者にも開放してるんです。

料金は通常大人400円ですが、70歳以上や近隣地域の方、ハンディーキャップを抱えている方は200円です。安い!ありがたい!


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吾妻川。川沿いに走るルートがないのは残念です。


温泉に入って、きっとますます傷は癒えました。

明日からは自転車通勤も再開しますよ。





















2014年6月29日 (日)

1ヵ月ぶりに自転車に乗ってみた!

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梅雨の晴れ間にアジサイが映えます。

見とれて気を取られると濡れ落ち葉で滑って転びます。注意。


足の小指を骨折して早3週間ちょっと。ずいぶんくっついてきた感じですよ!骨が!


もう普通に歩けます。梅雨の晴れ間、約1ヵ月ぶりにちょっとだけ自転車にまたがってみました。


おお、クリートシューズも難なく履けます!いけるぜ!

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と言いましても、山は無理ですので、利根川CRを。


「やあー、やっぱり自転車は気持ちいいなあ!あはは!あはは!足も全然痛くないや!」

とはしゃぎながら20kmほど走りますと…、

「ん?ちょっと小指に違和感が…。引き足時にややあたるかなあ…。」


何年か自転車に乗っていますと、自分なりの格言みたいなものが心に刻まれてくるわけでして、そのひとつが…、

「違和感が、痛みに変わるの待ったなし。」


そうなんですね。ロードって長い距離走りますし、山も登るわけで、どこか調子悪いところの違和感を放っておくとあっという間に痛みに変って難儀することになるんですよね。

ですから無理は禁物です。ほうほうの体で帰宅しました。


まあ、家に帰っても特段小指が痛いわけでもありませんし腫れてもいません。大丈夫です。


でも、仕事が遅くなって帰宅してからまじまじ患部を見ますと、結構腫れてる時があるんです。無理をするとまだ少なからず炎症が起こるのでしょうか?


謎かけをひとつ。

「折れた小指とかけまして、梅雨空と解きます」

「そのこころは?」

「時々はれます」











2014年6月16日 (月)

神戸・大阪、片足だけクロックスの旅。

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めずらしく仕事の話ですみません。

出張で3日間神戸に行っておりました。

ポートアイランド神戸国際会議場その他で行われた学会に参加。

全国あちこち旅しているわりには、神戸は初めてなのです。

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2万人くらい参加する大きな学会ですから、企業展示ブースもきらびやかですな。

有名企業さんの社員の方は暑い中きっちりスーツですが…、いいスーツ着てますね…。

きっと私の給料の倍以上はもらっているんでしょう…。


最近はクールビズがすっかり当たり前になりまして、カジュアルジャケットで発表してもなんら違和感はありません。梅雨の晴れ間で暑かったので助かりました。いいスーツ持ってないし。



日中は会場に入り浸りですが、夜はおいしい食事をいただきに…。

Entrance
神戸プレジール。1か月半前くらいには予約でいっぱいになるという人気店。

神戸牛の鉄板としゃぶしゃぶ、そしてこの店名物の「神戸牛のせいろ蒸し」が大変おいしいお店ですが…、なんといってもこちらはJA兵庫の直営店でして、農家の方々が丹精込めて作られた特別なお野菜をたっぷりいただけます。

写真を撮るのは遠慮しましたので、ヴィジュアルは何もなく申し訳ありません。


この産地を代表する野菜たちが目に楽しく舌にうれしい!歳とってきたので野菜の滋味がわかるようになってきたのかもしれません。

淡路島の新玉ねぎもおいしかったですね。淡路島って周辺の海に玉ねぎがプカプカ浮いているそうです。ホントです。なぜ浮いているのか知りたい方は調べてみてください。

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いや、本当なんだって。「玉葱産地の海には玉葱が浮いている。」DPZより。
(尾張さんすみません。勝手に画像を張らせていただきました。)


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ホテルの窓から見えた「関西マンドリン合奏団」のフォントがだいぶかわいかった。


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学会会場は東日本人口が多く治外法権でエスカレーターに立つのは左ですが、一歩地元駅に降り立つと途端に右になります。アウェイ感をひしひしと感じます。


神戸は阪神も阪急もポートライナーも乗れて、それほど電車好きでもない私もうれしくなります。

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でもなぜ駅の阪急や阪神の表示は「阪急線」「阪神線」ではなく「阪急電車」「阪神電車」なんですか?
「JR電車」「京急電車」「東急電車」なんて関東では書かないのに…。詳しい方がいらっしゃいましたら教えてください。


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学会を後にし、帰りがてらちょっと大阪へ。


アジアからの観光客の方が多く大変活気がありますね。

中国・韓国・台湾・タイの皆さんがたくさん大阪の夜を楽しんでいます。

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道頓堀クルーズ船に乗ってみるとジャパニーズは私だけです。

船員のお姉さんの説明は大変楽しく、私のような大阪をよく知らない関東人には豆知識たっぷりで面白いのですが、なにせ日本語ですから他の乗客はなかなか理解できません。


唯一の日本人であることがバレると、隣のタイからきたおばちゃんが、「今何言ったの?何言ったの?」と聞いてくる。

お酒が入っていたのでいいかげんな片言英語混じりとボディランゲージでお姉さんの説明を実況します。ハイテンションで。


船員のお姉さん 「道頓堀川は意外に水位が深く落ちると危険ですから船から身を乗り出さないでくださいねー!」

タイのおばちゃん 「what?」

私 「Doutonbori River very very deep and more more dirty!!  Do not jump into the river!! 危ないよ!落ちるなよ!絶対に落ちるなよ!(関西芸人さんの振り風に)」

船員のお姉さん 「あのー、私、ダーティーとか飛び込むなとか言ってませんけど」(失笑)


でもほとんどの外国人観光客の皆さんがi-pad持って調べながら旅してるんですよ。
だから、この道頓堀クルーズもHPに大まかな説明を各国語で載せておけば良いのにね。

または各国語の音声でリアルタイムに聴けるようにするとか。

もっともっと海外の方向けのサービスができるんじゃないかと思いました。


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しかし、ずっと片足クロックス。指折れてて、これじゃないと歩けないんです。


ていうか、どうせ出張帰りの観光で服と靴をよりカジュアルに着替えたんだから、両足クロックスでいいのに、うっかり片方しか持ってこなかった。

おしゃれな大阪の皆さんは、「あれはあの人なりのおしゃれだ」と思ってくれたでしょうか?

































2014年6月 8日 (日)

足の指を骨折しました。

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どうしてこの人はこんなにバカなのでしょう。


先日、自宅で机の角に足の小指をぶつけ、だいぶ悶絶しました。

翌日、「まあ、ヒビくらいは入ってるかな…?」と思いまして職場近くの整形外科でレントゲンを撮ってもらうと…。


先生 「完全に折れてるね。全治8週間。」との事…。

自宅に帰りやさぐれていると、めずらしくロバから電話が…。


ロバ 「yagitaさん!日曜日一緒に練習しましょう!俺、すげえ調子いいんすよ!」

私  「ああ、そう…。いやあ、ちょっと今は自転車に乗れないなあ…。」

ロバ 「あれえ?どうかしたんですか?まさかケガでもしたんじゃないでしょうねえ?」

私  (…こいつ、どこからかもう聞きつけてるな…)
   「いやあ、ちょっとね。身体の99.7%くらいはすこぶる健康なんだけど、若干一部がねえ…。」

ロバ 「そういえば小指の骨折ったとか聞きましたが…」

私  「何が『そういえば』だよ!」

ロバ 「原因はなんです?」

私  「…机の角にぶつけて…。」

ロバ 「ダッセ。」

私  「おい!おまえ今『ダッセ』って言ったろ!」

ロバ 「言ってないっすよ。ダッセ。」

私  「言ってるじゃないか!」

ロバ 「まあ、早く治してください。また『病み上がりで…』なんて言い訳さんざん聞かされるのもこりごりなんで。」

私  「ああ、言わないね。一言も言わずに後塵を浴びせてやるよ!」

ロバ 「それじゃ、よろしくどうぞー。トヨナガジドウシャヘ、ゼ・ヒ・ド・ウ・ゾー!」

…ツー、ツー、ツー。



…赤城はどんなことがあろうとも、ロバだけには負けないように頑張ります。


ちなみに、「トヨナガジドウシャヘ…」のくだりは、前橋、高崎近辺の方しかわからないと思いますので、その辺り出身の人に聞いてみてください。











2014年6月 1日 (日)

杏子さん。お久しぶりです。自転車に関係ないお話。

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今日はめずらしく日曜出勤でした。

16時頃自宅に帰り、テレビをつけると、元バービーボーイズの杏子さんのアコースティックライブをまさにライブでケーブルTVが中継していました。

杏子さん…。頑張ってますね。


デビューした80年代後半は、あまり音楽的知識・技術がなくても、そのハスキーボイスで「20代前後の身を滅ぼすような恋愛に発狂寸前の女子」をものすごいキーで歌い上げて一世を風靡しました。

他のメンバーが芸達者ぞろいだったので、「紅一点」の要素が強い存在だったのですが…。


その後が長い。それからも地道に活動を続けています。


偶然耳にするラジオ出演では、ずいぶん勉強をされたようでしっかり音楽評論もしているし、楽器レパートリーも増えているようです。


確かに年齢のためか、せっかくのハスキーボイスも高いキーは出ません。

でも、頑張っている人は輝いている。たとえ小さくなっても、「続ける」ということは本当に素晴らしい。


高校生の頃、杏子さんの深夜ラジオを聴いてました。

投稿はがきが採用されて、TBSのロゴが入ったやっすーい腕時計をいただいたこともあります。

「エッチしりとり」は本当にくだらなかった!詩人・白石公子さんとの掛け合いは、とても引用できません。「シモ五段活用」とか…。今で言えば男子禁制の女子会ネタでした。

でも、それがきっかけで読んだ白石さんの書籍で、「高村光太郎は独善的でイタイ男子。気持ち悪い。智恵子の精神的破綻はそれが原因では?」などという考察は、当時自分も同じようなことを考えていたので、「よかった!一人じゃなかった!」と、安心したものです。


杏子さんのお兄さんは前橋市の隣の市の某病院でお医者さんをしています。

その病院を杏子さんが人間ドックで訪れた際、職員に友人の看護婦さんがいましたので、無理矢理頼んでサインをいただきました。

いまでも大事にしております。





2014年5月27日 (火)

ハルヒルで、ふとジェンダーを考えた。

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赤が女性。青が男性のよく見るトイレピクト。


でも海外から来た方の中では、「なぜ女性は赤なの?男性は青なの?」と疑問に思う方も多いのです。

当たり前に接している表現が、実はその地域の文化的な性意識を表すキーマークとなる場面があります。


生まれついた性別の他に、文化的に性が区別され、その地域に根差した「男らしさ」「女らしさ」が求められる、言わば後天的な性別がいわゆるジェンダーなのですが…。


どうもなんだか変じゃないかと思ったことがハルヒルで…。


第1回大会のゴール前で、たくさんの女子校生(もしかしたら中学生?)スタッフがずらっと並んでたくさん応援をしていただけました。

第1回も2回も、完走証を発行する榛名体育館の入口にはまたも、たくさんの女子生徒スタッフが列をなして並び、「お疲れ様でした!」と笑顔でドリンクを手渡してくれました。

中には男の子もいたのですが、圧倒的に少ない…。


選手の多くが男性の自転車レース。そういった趣向を好意的に受け止める男性も多いかと思いますが…。


やっぱり変です。いったいいつまで若い女の子はそんな役回りなのか?それは誰が求めているのか?

この配置は運営側の誰が考えて実行しているのか?


応援していただけるのは大変うれしいです。ドリンクをいただけるなんて本当にありがたいです。

それが男の子でも女の子でもお年寄りでもなんら感謝に変わりありません。


参加した女子生徒のスタッフが、なんとなく私のような違和感を持って、「変だな」と思っていてくれたら、と思います。


でも、このご時世、「つーか、女はそうやって生きてくしかないっしょ?」と、変に悟っちゃったと思い込んでいる女子生徒さんも、中にはいるのかもしれませんが…。





2014年5月24日 (土)

瞬速!AKGHCエントリー!

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予想はしていましたが、まさかの20分切り…。


昨日、「まえばし赤城山ヒルクライム2014」はランネット上で一般エントリー2700名を募集開始いたしましたが、皆様ご存知の通り、10数分で定員に達しました。

その後、プラス協賛金のチャリティー枠もすべて埋まりました。

あとは、郵送抽選200名だけが残されています。

私も、滞りなくエントリーを済ませました。

他の大会との比較というのは難しいのですが、「距離」「標高差」「人気」「出場者数」という観点で座標を作ると、ああ、もうかなりの「全国屈指のヒルクライムレース」ですね。

現に、過去の大会では県外の参加者が過半数を占めています。

それだけ全国のヒルクライマーから注目される大会になったんですね。

隣の山でのある大会は、募集定員が多すぎるという異なるところはありますが、1ヵ月以上エントリー募集しても埋まらず、期間を延長しても結局は定員割れのような状況でした。

(でも大盛況でしたよ。募集定員が多すぎる点に問題ありかと思います。)

しかし、たとえAKGHCが某近隣山と同じ定員を募集したとしても、今回の瞬速エントリーのぺースを鑑みると、おそらくはすぐに定員は埋まるでしょう。

地元で慣れ親しんでいる山、赤城山。

地味な山。北がどちらか教えてくれる山。冬は冷たく憂鬱な北風を送り込んでくる山。春は砂埃でかすみ、それでも夕陽に赤く染まり、今は新緑に包まれ夏の到来を告げる山…。

赤城山も、ずいぶん皆様に親しまれる、メジャーな山になったものです。

2014年5月23日 (金)

君は黄金の自転車を見たか。

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近くのマンションの駐輪場に、それはありました。


全てが金色の自転車…。日の光を受けて輝いています。

「…どうしてこんなことに…。」と思ってしまいますが、まあ、持ち主の方の好みの問題ですのでいいんじゃないでしょうか。

「中学生くらいだろう。ハンドルの向きも変だし… 。まあ、そういうアナーキーな時期もあった方がいいね。」なんて思っていたら…、

ある朝、この自転車に乗って通勤している社会人を目撃しました…。

…ロックだねえ…。

まあ、盗難の防止には一役買っているのかもしれません。


2014年5月19日 (月)

ハルヒルついでに高崎を走ってみる。

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ハルヒル、お疲れ様でした!


上の写真。下辺に映っているのはライダーたちのヘルメットです。


いるねー、自転車大好きな人たちが…。こんなに集まっちゃったよ。



大会の方は、だいぶふがいなかったので詳しく書きませんが、思うことを。


①コースの舗装が更に整備され、「あの裏道」が第1回にも増してものすごく 綺麗になり走りやすくなりました。

②待機場所は相変わらず砂地ですが、陸上競技場に移されました。若干芝生もあり、多くの選手がそこでウォーミングアップを兼ねて体を動かしたりストレッチできたりと、以前よりは利便性が増しました。

③なんといっても、町中の方に配ったのではないかと思われる黄色いスタッフジャンパーを着た方や近隣の方が、本当にいたせりつくせりでありがたくて言葉もありません。特に下山はお子様からお年寄りまで多くの方が声をかけてくれ、手を振ってくれました。

感激した女性ライダーがどうしようもなくなり、途中で止まり涙をぬぐっていました。


④景色は地味なコースではありますが、序盤から結構な勾配があり、そこで筋肉がまだ回らないでヘタること、中盤に平坦なゾーンが2か所あり、的確なギヤチェンジとアタックが求められること、終盤で14%の坂を乗り越えること。うんざりするほどでもない計測区間14.5キロという調度良い距離。…募集人数はやっぱり多すぎると思いますが、コースの面白さは再確認しました。


そんなこんなで大会を後にし、…そうだな高崎をぐるっとしてみるか…。


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高崎市役所。頑張って高いビルを建てました。でもかなり薄いです。



隣の市ですが、あまり行きません。高崎駅は利用しますが…。


せっかくですから、大会あとに高崎を巡ってみました。


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高崎と言えばダルマ。少林山だるま寺。


子供のころ、だるま市(毎年お正月の夜に開かれる。大量のだるまの屋台が並び、客と値引き交渉をしてさばく有名なお祭り)に 連れてきてもらった記憶はあります。


でも、だるま市は夜ですから、少林山がどんなお寺なのかという記憶が闇に包まれています。


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 改めてこうして来てみますと、大変静かで落ち着いたお寺です。


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本殿の傍らに、大願成就して返納された大量のだるまが…。


みんな両目に目が入っています。

県内はともかく、県外の皆様を含めて、なかなか両目に目が入っただるまはお目にかかれないものだと思います。

ひとつの目にはどうしても叶えたい希望を、もうひとつの目にはその達成と感謝を入れるだるま…。


「なかなか2つ目の目は入れられないよなあ、確かに…」なんて日頃思っていたんですが、ここにはこんなに両目が入っただるまがわんさか集まっている!

正月に買ってまだ5月ですよ!願い事ってかなうんだね!かなう人には!


余談ですが(←お前の文章は全部余談だ。)、上の写真をスマホで撮っていたら、真ん中の黄色いだるまにしつこくしつこく顔認識が付きます。私のスマホは黄色いだるまを人間と認識するようです。



さて、少林山を後にすると…、

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「鼻高展望花の丘」。…展望、花、丘…。行ってみたくなりますね。やっぱり自転車ですと。


2.3キロのそこそこのプチヒルクライム。登って登って…。


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着いてみましたら、ちょっとした花壇があるだけですが、


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ああ、確かに榛名と妙義が見通せます。


右が榛名山。その手前にある山と接したあたりに、昨日のレースのスタート、室田がありますよ。





帰り道、高崎八幡霊園の前に来ました。高崎市の大変大きな霊園です。


13年前、21歳で他界した友人がおりました。

歳の差はありましたが、一緒に楽しくも辛い日々を過ごしました。

でも私は、彼が亡くなって13年も経っているのに、彼とのある約束を果たせないでいます。


ですので、…墓参りに足が向かなくてねえ。申し訳なくて…。一周忌に一度来ただけで、それからは墓前で手をあわせることもありませんでした。




でも、前を通り過ぎるわけにもいかないなあ…。

正門前の花屋さんで手向ける花を求め、霊園内に向かいます。


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広大な八幡霊園で…。



10年以上前に来た以来で、何千というお墓が整然と並ぶ八幡霊園。


正直、以前来た時の記憶はあいまいです。どの区画かさえも覚えていません。

これではとても彼のお墓にたどり着けない、探せない…。と、思っていたら…。


どういうわけか、スーッとまっすぐ、探すでもなく、いつの間にか自転車は彼の墓前で止まりました…。


(どうやら、奴は僕が来たことを、悪くは思ってないようだな…)


花を手向け、墓石に水をかけ、近況を伝え、約束を果たせないと詫びを入れ、でも待っていてくれと頼みました。


あまり高崎に行かない理由は、これだったのかな…。でもまた来るよ。




















2014年5月17日 (土)

明日は榛名山ヒルクライム。

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選手登録に滑り込みセーフ。



職場の上司の理解もあり、今日は早めに退勤できるよう都合していただき、榛名体育館の選手登録へ。



しかも、明日のレースの次の日、月曜日もお願いしていないにも関わらずお休みをいただいております。

本当にありがとうございます。


さて、ハルヒルは大スポンサーのおかげで今回も豪華な参加賞が…。

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これ付けてるライダーをこの先わんさか見るんだろうなあ…。


今回のレース。自身の自堕落のせいで初めて、「前回の同レースよりもタイムが遅い」を体験しそうです。


まあ、それも良い薬です。人は、ただ漫然と生きているだけでは前に進めない。

ダメでもともと。脚を回して回して、いま出せるすべてを出し切ってがっかりします。


負けるだけの人生なら、負け方を考えろ。後悔しない負け方も、きっとある…。



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夕食は、レース前の定番になっているブロッコリーたっぷりのパスタです。



明日は早いな…。


夜明けとともにレース会場に立つ朝が、人生であと何回もありますように…。



どうか皆様、ご健闘を。






2014年5月13日 (火)

1年ぶりの榛名山。

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ええー!?去年のハルヒル以来全く榛名を登っていなかった!



…だって、自宅から遠いので…。


特にハルヒルコースのスタート地点までは遠くてねえ…。



ということで、今日は車で前橋~伊香保を経て、榛名湖へ。そこで車から自転車を降ろしハルヒルコースを下りまして、 スタート地点の室田から登ってみました。


下っている最中、トラックがゴールポストを積んで登ってきましたよ。


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このポスト。今日設置されました。



他にも高崎市の広報職員の方がコース上で写真を撮られたりしていました。


登坂した約1時間の間、目にしたライダーは平日にもかかわらず 上り下りで40名くらいはいました。


途中、「初心者コースゴール」のあたりで、たたずんでいる女性ライダーの脇を通ったのですが…、一瞬でしたが「TIME」だったような…。もしかしてあの方か?

でも定かではありません。



しかし、車で登った伊香保側の景色は最高。山肌も原生林の明るい木々が多くて見とれるくらいです。


ひるがえってハルヒルコースは…、何度も言ってしまい申し訳ありませんが、やはり渋川側に比べてしまうと大変地味です。


結局帰りも、伊香保の露天風呂で汗を流し、お気に入りの石段街を見下ろせるお蕎麦屋さんで食事をいただきました。


うーん…渋川市さん。高崎市さんには悪いけど…、「伊香保ヒルクライム」やっちゃいなよ。





2014年5月 4日 (日)

表があれば、裏がある。赤城山林道クルージング。

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まえばし赤城山ヒルクライムコースの傍らに、誰も通らないような林道があります。



今日も赤城へ登ってきましたが、ずいぶん距離を示す看板が多くなりましたね。

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ゴールの看板も、今年度大会仕様になっていました。


うっかり軽くハンガーノックっぽくなっていまして、総合案内所で、ソフトクリームをいただきました。

店のおばちゃん 「曇って来たね。これから下りだと冷えそうだね。」

私 「そうですね。ホントに下りは寒くて嫌です。ずっと上り坂が続けば良いのに!」

店のおばちゃん 「言ったね?その心意気はほめてやるよ!」

ほめられても、ソフトクリームが安くなるわけではありません。



ゴールデンウィーク。だいぶ車が多い赤城県道です。走りずらい…。

そこで、下りは林道を使うことにしました。


17番カーブ、姫百合駐車場の脇に、林道につながる道があります。

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誰も通りません。


道が狭くカーブがきついため、「警笛鳴らせ」の標識があちこちにあります。


この林道、詳しい道筋は解説しませんが、赤城県道で言うと、姫百合駐車場からH家具店まで並走しています。


なかなか気持ちの良い林道です。

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途中の道端に、こんな大きな岩が鎮座していたりします。

これを見るだけでも、通ってみたいルートですね。


日々登っている赤城山ヒルクライムのコースですが、交通量は多いし道幅が狭い個所も多い。特にこの時期はなかなか難儀です。


でも、結構快適な脇道はあるんです。


下の方では、Y商店から大鳥居へ抜ける道とかね。


今度、じっくり知っている脇道や知らない裏道を整理して、自転車の皆様が車と緩衝せずに、しかも本コースとそれほど距離が隔たらない安全な自転車試走コースを提案してみたいと思っております。

でもねえ…、平凡なサラリーマンなのでその程度のことをやるのも大変なんです。

どなたか、「つべこべ言わずにさっさとやれよ!」と激昂してください…。

















2014年5月 2日 (金)

赤城用水へダイブ!

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まえばし赤城山ヒルクライムのコースの傍らを流れる赤城用水。


今日はお休みでして、天気も良いし赤城へ登ってみました。


下細井のスタートから12キロ付近、まだ1番カーブまでしばらくあるあたりで…、

…ゴト、ゴト、ゴト…。後輪がパンクです。あーあ…。



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チューブを替えようとタイヤをはずしていると、視界の端に動くものが…。


路面に置いたツールケースが転がり出している!しかも赤城用水への土手を下って行く!


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ボチャン!これを落としましたよ。


「わああああああ!」と叫びながら、流されていくツールケースをクリートシューズで全速力で追いかけます。

まわりに人がいたら、だいぶどうかしちゃった人が山を駆け降りてきたなあと映ったでしょう。
または山賊に追われてる人とか…。


最初はかなりのペースで流れて行ったツールケースですが、幸いにも最近布製の物に替えていて、水が内部にしみこんできたらしく沈んできました。

水深10センチくらいでしたので、沈んだおかげで流木や石に引っかかり、ペースが落ちてきます。


必死の思いで先回りし、用水路にダイブ!浅い!滑る!

川遊びに最も適さない靴、クリートシューズだから当たり前です。



どうにかこうにか救い上げ、一安心。これがなかったら歩いて降りるしかないですから…。

でも、水はきれいですし、冷たくて気持ちよかったですよ。


さて、用水路から上がろうとしますが、靴が靴なんでなかなかまわりの石垣に足場を作れません。

無理に上がろうとしたら、滑って転んでしまい、下半身がびしょびしょです。

川の中で尻もちをついたまま、悲しくなって、誰もいなかったので少しだけ泣きました。


やっとのことで這い上がると、ひとりライダーが登ってきました。

「どうしました?大丈夫ですか?」

「いやいや、大丈夫です。パンク修理しようと思ったら、ツールケース川に落としちゃって。あはは。ぐすん。」


その方は、まえばし赤城山ヒルクライムの実行委員の方で、今日はコースの点検のため写真を撮りながら登っているとのことでした。

「そんなこともあるんですね。参考までに写真撮らせていただいてよろしいですか?」

「え?あ、はい…。別にかまいませんが…、ええ。」

なぜか下半身びしょびしょの写真を撮られる私。はたして何の参考になるのでしょうか?


その方に今年のAKGHCの運営についてお話を聞かせていただきまして、どうやら下山コースでの渋滞の原因となった信号は、警察官の誘導に切り替える方向で話が進んでいるようです。

「下山渋滞問題」は解決しそうですね。


パンク修理の方は、タイヤのどこが原因箇所だか特定できなかったため、大事を取って替えチューブに控えめに空気を入れて今日は下山としました。
またパンクしたら手がありませんので。


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本当に良い天気だったのに、山頂まで行けず残念です。













2014年4月25日 (金)

群馬県や前橋市では、急速に自転車認知度が高まっているような気がします。

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急な出張で、東京御茶ノ水、東京医科歯科大学へ。



ローラー台を持っていない私ですので、仕事が17時前に終わるはずだった昨日は、スポーツクラブに入り浸ろうかと思っていた矢先、急きょ仕事関係で東京へ…。


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夕刻の東京駅中央線のホームに、ん?何かあるなあ…。



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お?!ゼロkm指標!


ホームのこの場所、確かに東京駅のちょうど真ん中付近です。

ここから、右も左も西も東も、全部下りということです。


あることは知っていましたが、いつもあわただしく乗り換える東京駅、はじめて見ました。


医科歯科大学で行われたセミナーの終わりに傍らの広場で休んでいると、年若い方たちが自転車の話をしています。

話の端に、「赤城のエントリーって、20時から?」「やべー、その日○○じゃん!暇あるかな?」等々と聞こえる…。


お?!赤城って、あの赤城ですよね?


確かに、まえばし赤城山ヒルクライムは参加者の半数以上は県外からですし、特に東京からの参加者は多い。

ふと訪ねた一夜の東京で、もう、すぐそこに次大会の参加希望者がいる…。


たまたまだと思いますが、そうは言っても、AKGHCは全国数本の指に入るような大会になっているというのは、まあ、確かなんでしょう。


県内市内でも、自転車で用を足しに行くと、その先で、「赤城には出たんですか?」または「出るんですか?」と聞かれることが多いです。

それも、自転車に乗っていない方々からです。

「ロードに乗っている人は、きっとあの大会に出ているんだろうな。」という認識が、自転車に乗っていない人たちの層にまでしっかり浸透している。


いつも視界に赤城の嶺が映る前橋市です。

「あの赤城山を自転車で登るんだ…。」という思いは、「自転車=赤城山」という形でインプリンティングされ、「すごいな…。」「でも自分にもできるんじゃないか…?」という意識を醸造させている気がします。

「うちの65歳の親父が急に自転車買って、赤城に出るって言ってるんですよ。」なんてことも聞きます。


地元の大会であり、全国から注目される大会でもある、まえばし赤城山ヒルクライム。


去年のエントリーは58分で定員に達しました。


ちなみに今年の一般エントリーは5月23日(金)20時からです。


ああ、その時間に運良く、PC or mobile を操作できるかというところからレースははじまります。


どうかエントリーできますように。んあんん。














2014年4月21日 (月)

久々のフルコース開催。第19回ツール・ド・草津。

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ツール・ド・草津。お疲れ様でした。


今回はチームのエース、うっかり師匠と二人だけの参加です。


前日の選手受付はだいぶ陽気が良く、草津周辺を流しながら、 「明日もこれくらいならありがたいなあ。」と、思いましたが…。

宿で荷物の整理をしていると、雨が降ってきました。


そして恒例の「うっかり師匠のアレがない!」タイムの始まりです。

過去にも、「ホイル忘れてきた!」「グローブがない!」「メット置いてきた!」と枚挙にいとまがありません。


今回は「車のキーがない!」

おいおい、自走で帰るの?まあいいけど…。まてよ?あっ、そうだ!雨を予想して自転車を車に収容したんだ!レース出れないじゃん!師匠!!!!


雨の中、宿から傘を借り、駐車場周辺をライトで照らしながら探しますが見当たりません。

部屋の荷物をすべてひっくり返し、師匠を全裸にして探しますが見当たりません。


…万事休すか…。しかし、今までの「アレがない!」騒動、たいがいものは出てくるのです。今回も絶対出てくるはずだと信じ、もう一度徹底して探すと…、


ツインルームのベッドの裏、それも一番手の届かないよく見えない壁の隅に、何かがあります。

「ネズミの死骸とかじゃないだろうな…」と思いながらそれをサルベージすると、あった!師匠のキーです!

師匠は「あったあった!良かった!」と大喜び。

隣で私は「なんであんなところに…。わざとなんじゃないか?毎回毎回?」と疑いの目で師匠を見つめます…。

でも、わざとじゃないんです。ホントにうっかりの星の下に生まれてしまった人なんです。



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大会当日朝、草津町周辺は濃い霧雨が降りていました。


気温は2~3℃。だいぶ寒いです。


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午前9時35分。 スタートラインナップ完了。


皆さんもう防寒具を山頂行きトラックに預けましたので、ウインドブレイカーくらいしか寒さをしのぐ物はありません。


MC絹代さんが「白根山頂は晴れています。後半コースはドライですよ!」とアナウンスしていますが、周辺から「ウッソだーい!」の声も上がります。とても信じられません。



そして、10時スタート。レースが始まりました。


17回は殺生までの短縮開催。18回は大雪のためはじめての全面中止。


しかし、今回は久々のフルコース開催です。


霧が深く10m先も見えません。右に行くのか左に曲がるのか?とりあえず前を行く選手の背中に付いて行きます。


殺生の有毒ガス地帯も、濃霧のためかいつもよりガスが溜まっているようで、「危険ですから退避してください。」の自動アナウンスが流れ続けています。

そこをハアハア言いながら自転車で走るわけですから、本当にユニークなコースですよね。


7km過ぎからでしょうか?急にあたりが明るくなり、路面も確かにドライになりました。


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ゴール手前、尾根を隠す濃い霧は、すでに眼下です。

雲の上とまではいきませんが、晴れ間の見える高度まで登ってきました。

山頂の方が下よりも俄然気温が高い。いい気分で登れます。


なんだかんだでゴール。


タイムはとても言えません。一応の目標から2分もオーバーしてしまいました。

元インターハイ選手の師匠は当然私よりも早くゴールしたのですが、年々、その差が縮まっています。

別に、特別私が早くなっているわけでもないのです。師匠が勝手に落ちてきているのです。

私よりもひとまわり以上若いのに、ここ最近の師匠のオッサン体型はひどすぎます。

師匠、頑張ってください。目標がしっかりしてくれないとこちらもも頑張れません。


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山頂でずいぶんのんびりし、下山を開始すると…・

棄権者収容バスとトラックが、ゆっくりと、しかし確実に未だゴールしていない選手を追い詰めていました。あれに追いつかれると規定時間はクリアできずDNFとなります。


思えば、ロバに騙されて初めて人の自転車を借りてこの大会に参加した時、私は迫ってくるあのバスとトラックから必死の思いで逃げていました。


やっと、山頂から登ってくるバスとトラックを見下ろすことはできるようになりました。


でも、まだまだこれからです。まだまだ先は長く続いている。


自分の可能性を信じて、来年も楽しく参加しようと思います。















2014年4月19日 (土)

人は後悔をするために、また山に登る。

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今シーズン幕開けです。ツール・ド・草津は明日。


後悔後悔、また後悔…。


「あー、全然ヒルクライムの練習してない!冬場怠けすぎたなあ!あああ…。」と後悔し、

おそらくコース上では、「ああ、身体が重い!なんでもっとトレーニングしなかったのだろう?!クー!」と後悔し、

ゴールしても、「あの辺りはもっと踏めたのに!どうして頑張れなかったんだ!うあんん!」

と自己嫌悪に陥ります。


お前は後悔マニアか?どれだけ後悔したいんだ?

じゃあ、自転車なんかやめれば?後悔後悔のなにが楽しいんだい?


…でも、やめられない。なぜなら、やめるのは簡単だから。自転車を降りさえすればいい。

でも、それはできない。それができないのは、ほんの少しでも自分の可能性を信じているから…。



貧脚の私です。たいして早く山は登れません。


でも、同じコースに出るからには、以前のタイムを上回りたい。

そしてまた後悔したい。「ああすれば良かったんじゃないか?こうすればもっと早く走れたんじゃないか?」

それが、次への希望につながります。


後悔を求めて、今日、草津に旅立ちます。















 

2014年4月13日 (日)

前橋の路面電車。

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運転手さん、笑顔が素敵です。今はどうされているのでしょうか…。


私が生まれるはるか前に、前橋には路面電車が走っていました。


前橋駅から伊香保温泉へつながる、東武のチンチン電車です。

明治から1950年代中頃まで。路面電車を懐かしく語るお年寄りも、そう多くなくなってきました。



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街中は路面電車らしいですが…、


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郊外に出るとこんな感じ。

今で言うところのバスの風情です。しかも隣には荷車を牛で牽いているおじさんがいます。


伊香保まで電車で行けたらずいぶんのんびりした休日が楽しめるのになあ。


今ではその面影を伝えるものは、全くと言ってよいほどありません。


…が、しかし、あるところにはあるんです。しかも身近に…。



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前橋公園の隣、利根川沿いの親水公園。

20年ほど前に、河川敷にこの公園ができた時は、「大丈夫なのか?毎年の増水で沈むんじゃないか?」と心配しましたが…、

実際、できてすぐに増水で泥水に浸りました。「浸水公園」と揶揄される由来です。


その後は治水対策を徹底しどうにかなっていますが、そもそも前橋は古くから利根川の増水・洪水・流れの変化に翻弄されてきました。

江戸時代、前橋が城なし、藩主なしとなったのも、利根川が何回もお城を流しちゃったからです。


ということで、親水公園の南端にも、古くからの治水のための設備が残されています。

その一つが「大聖牛」


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川岸に、ヤグラ状に組まれた鉄骨が 建っています。



「大聖牛」というのは、川の流れが岸を侵食しないよう、流れを食い止め、砂地を保全する防流堤の一種です。


この大聖牛は昭和30年に設置されました。


ん?これが前橋の路面電車とどんな関係があるかって?


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どうか良く見てください。実はこの鉄骨、レールなんです。


そう。廃線になった路面電車のレールを再利用したんですね。

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もう、後から生えてきた木と一体化しています。

ということは、ずいぶんこの川岸の砂地を守って来たんですね…。

そしてこれからの遠い未来も、その役割を続けていくのでしょう。



公園の片隅に、過去と現在と未来が交差する風景が、静かにたたずんでいます。


機会がありましたら、ぜひどうぞ。




















2014年4月 8日 (火)

福島市飯坂温泉・共同浴場コンプリートツアー!②

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飯坂温泉共同浴場の旅、後編です。

同じような写真が並びますので覚悟してください。



④八幡の湯(やはたのゆ)

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八幡の湯。八幡神社の近くにあります。

これ以降の共同浴場は主に地域の皆様が利用されているお風呂です。

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大変開放的で窓も大きく明るいです。

基本的に、湯船周囲の洗い場には蛇口はなく、隅にお湯をうめるためのホースが付いた水道の蛇口があります。

温泉は湯船の真ん中から湧き出しているタイプもありますが、ここは壁からパイプを通してお湯が真ん中まで運ばれ、ドボドボ出ています。

湯船の脇に座り、ひたすら桶を使って体にお湯をかけます。そして慣れてきたら湯船へ。

しかし熱い…!温度計はありませんが40度台後半は間違いありません。

ヘタレな私なので、やっぱり浸かっていられるのは10秒くらいです。


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坂の途中の高台にありますから、景色がきれいです。

お湯からあがって、しばらくベンチに座り、福島市方面を眺めていました。

すると番台のお姉さんが走り出してきて、「こんなとこにモップ干しちゃってごめんねえ!」と言って、目の前の柵に立てかけてあったモップを片付けてくれました。

どうもすみません。

しばらくお姉さん(ですが歳の頃は60代です)とお話をしました。

「観光客の人がお湯うめるのは本当にかまわないよ。一言言ってくれればいいの。周りの人に。ここなんか湯船が広いんだから、自分のところだけうめれば。みんなねえ、よそから来てくれるのはうれしいんだよ。」(訛り・方言は表現できていません)

上の写真で、上部を占める木の枝。桜です。

「つぼみがはねるくらいに大きくなった。もう咲くねえ。」

お姉さんはうれしそうに、桜の枝を見上げました。



⑤天王寺・穴原湯(てんのうじ・あなばらゆ)

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かなり離れた場所にあります。


こちらは飯坂温泉というよりは、隣の穴原温泉の共同浴場。


この日、水曜日はお休みのため、外観だけ撮影しました。


飯坂温泉の共同浴場は平日の曜日ごとに交代で休んでいます。

だいたい2軒づつくらい。

水曜日はここがお休みです。

土日は全部やっていますが、混んでいますので、飯坂温泉内だけを全軒制覇するなら水曜日がおすすめです。



⑥仙気の湯(せんきのゆ)

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ちょっとおめかしした外観。仙気の湯です。


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ありがたい!ぬるい湯が用意されている!

なぜかお湯の湧き出し口にウサギの彫刻が鎮座しています。

湯船は2槽に別れ、片側は加水したぬるい湯です。

でも43~44度くらいあります。あー、ゆっくり入れる。

ぬるい方で体を慣らし、熱い方にも挑戦。

お?いける!30秒くらいは入れました…。でも、熱いなあ…。


しかし、この熱い・ぬるいの2槽システム。後に罠となり私をおとしいれることになります…。




⑦大門の湯(だいもんのゆ)


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大門坂 の途中にある、レトロな雰囲気の湯です。



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湯船は四角くて広い。

番台のお姉さんに聞いたら、この時間、午後1時から3時くらいまではあまり人が来ないそうです。

人が来ないからだいぶお湯の温度が高止まりしているんです。来ないのなら、うめさせていただくことも可能です。

ちょっと、うめさせていただき入りました。だんだんこの熱いお湯にも慣れてきました。


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脱衣場に「お願い」が貼ってあります。


見ると、「最近は湯めぐりの観光客の方が増えています。一般の方々は熱い湯が苦手なので、43℃くらいに うめてやってね。」

という内容です。

地域の皆さんはこの熱いお湯が普通なのに、よそ者に対してこんなにあたたかいとは非常に恐縮です。

なるべくうめずに入らせて頂こうと思います。

しかし、「一般の方々は…」というのは…。飯坂温泉に暮らす方々は「一般」の範疇に入らないのでしょうか?

飛び上がるような熱い湯に慣れきってしまって、図鑑の人間のページから離れて行ってしまったのでしょうか…?。




⑧十綱の湯(とつなのゆ)

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飯坂温泉駅の隣の駅、花水坂駅にほど近い、住宅街の一軒湯。


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やや小さな湯船。お湯は真ん中から湧き出すシステムです。


いいかげん、温泉に入っていても出ていても、だいぶ体が熱る段階に入ってきました。

ここで申し上げておきますが、私は決して無理はしていません。

温泉県の群馬県人です。当初から、無理をしての湯あたりやのぼせは回避したいと考えておりました。

これは、草津温泉で言えば「時間湯」ですね。熱いお湯にずっと入っていられないから、時間をおいて短時間入る。

このツアーでは、その休憩時間が移動なのです。

お湯に入り、出て、自転車で移動し、またお湯に入る。

言うなれば、「移動時間湯」なのです。


ちょうど、一緒になった地元のおじいさんと入るのと出るのが同じタイミングでした。

おじいさんも、お湯に浸かるのは30秒ほどが2回くらい。

お湯を出てからの脱衣場で、

おじいさん 「あんた、出るの早いなあ。ちゃんと入ったのか?俺は早湯なんだが、俺より早いくらいだ。」

私 「ええ、僕は他の共同浴場に入って来たんで、ざっと済ませたんです。」

おじいさん 「あんた、どっから来たんだ?」

私 「群馬から来ました。」

おじいさん 「群馬だったら草津か?あそこは熱いらしいな?」

私 「いや、草津は確かに源泉は熱いですが、熱いまま入る共同浴場はそう多くないです。僕にとっては飯坂温泉はどこも熱くてまいります。あはは。」

おじいさん 「そうか。俺はなあ、ここに生まれた時から住んでるんだが、実はな、熱いお湯が嫌いなんだよ。」

私 「そうなんですか?!」

おじいさん 「まあ、49℃の上あったら、人がいなければうめてきた。最近は源泉の温度が3~5℃下がってきるんで助かる。昔はもっと熱かったんだ…。」

しかし、この方も、「ぬるいお湯」の基準が49℃以下です。

基準がおかしい。カエルが自分で気づかないうちに煮えあがっている温度ではあります。




⑨導専の湯(どうせんのゆ)

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あれ? 「仙気の湯」とそっくりな外観です。


中に入ったら、浴室が全く同じ造り。


人が多くいましたので写真は撮っていませんが、「仙気の湯」と同様、熱い・ぬるいの2槽式です。

しかもウサギの石造も同じ位置に鎮座している。


で、ぬるい方のお湯をかけたら、なんだか結構熱い。

でも、散々温泉に入って来たので、慣れを感じ、…うーん…。熱くもないような…。

湯船につかって数十秒すると、身体の機能が呼びさまされました。

全身の感覚器が、「おい!勘違いするな!このお湯超熱いぞ!メーデーメーデー!」と警報を発します

あわてて出て、「もしや!?」と思い、隣の浴槽に手を入れると…、ぬるい…。


「仙気の湯」と、浴槽が逆なのです!なんだよこのトラップ?!なぜこのウサギは僕をだますのだ!!!


ほうほうの体で洗い場に座っていると、隣のおじいさんが、

おじいさん 「熱いか?」

私 「熱いです。」

おじいさん 「無理しないでぬるい方に入っていきな。俺たちは産湯がこれだから何ともないんだ。」

私 「慣れますか?やっぱり。」

おじいさん 「子供の頃な、かくれんぼの隠れ場所でもあった。町にいくつも共同浴場があるから、そこへ逃げ込んで、入ってるんだ。鬼が来たら大人の陰に隠れて潜るんだ。鬼がいなくなるまで。」

私 「そりゃあ…」

おじいさん 「ああ、慣れるよ。」


…この熱いお湯に潜ってかくれんぼ…?。

私なら一生鬼でいいです…。



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ほとんどの共同浴場では、男湯と女湯の入口の間に1畳半程度の番台がありまして、お姉さんがこたつに入っています。

でも、もう桜のつぼみははち切れんばかり。あたたかな素晴らしい陽気のなか、温泉巡りができました。


このこたつも近いうちに片付けられ、福島に本格的な春が訪れることでしょう。


今回は、温泉街を自転車で探索しましたが、距離的にはロードバイクで巡るほどの行程ではありません。

しかし、温泉街をあっちに行ったりこっちに行ったり、隣の温泉地を訪ねたりしましたので、やはり徒歩では限界があります。

ロード乗りには物足りない距離かもしれませんが、べつに福島駅から飯坂温泉まで走るのも苦労ではありませんし、福島交通飯坂線の電車はサイクルトレインですからそれに乗るのも一興です。


飯坂温泉を訪ねるなら、自転車がおすすめと思います。































2014年4月 5日 (土)

福島市飯坂温泉・共同浴場コンプリートツアー!①

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福島市の奥座敷。飯坂温泉。


この温泉は何しろ熱いそうです。そして、私の地元、群馬県の草津には及びませんが共同浴場が9つある。

群馬県でいえば、前橋の奥座敷の伊香保と、熱くて豊富な湯量を誇る草津を合わせたような温泉地でしょうか?

行ってみました。飯坂温泉へ。



4月1日(火)、17:30。前橋駅。

仕事帰りに輪行で電車に乗ります。もちろん切符は青春18きっぷです。

のんびりと福島へ…。

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23:07 福島駅に到着。

東口の繁華街にある安ホテルに宿泊し、遅くまでやっている居酒屋で夕食。けっこう魚旨し。


前橋だったら、この時間に街中でまともなご飯にはありつけません。頑張れ前橋。



4月2日(水)、福島交通飯坂温泉線へ。


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駅ビルのメインのJR線からかなり離れた場所に、こつ然と姿を現す飯坂線のりば。

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ビルの谷間のターミナルです。ちょっと雰囲気が上電に似ている。


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ホームは阿武隈鉄道と共有です。間違わないようにこの列車に乗りますよ。

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福島交通飯坂線は日中サイクルトレインを実施しています。

旅先で、自転車の輪行袋への出し入れが少なくて済むのはありがたいものです。



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次第に街を離れ、のんびりした景色が多くなります。


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電車に揺られること数十分、飯坂温泉駅に到着しました。



駅を出て、すぐそこから共同温泉コンプリートツアーははじまります。


今日は駅で手にした「飯坂温泉湯めぐりマップ」の番号順に自転車で共同浴場を周ってみたいと思います。




あ、最初に言っておきますが、これらのお風呂は有料です。


入浴料は200円(一軒のみ波来湯は300円)。おそらく地元の方たちは割引券や無料券で入っています。

9つの共同浴場のうち、7つは本当に地元の方の普段のお風呂です。

ですから、他人のお家のお風呂の入らせていただく気持ちで伺います。


群馬の草津や猿ヶ京は、共同浴場はほぼ無料です。地元の方が清掃や管理をされている。

でも、特に過疎の温泉地の共同浴場は昨今の超高齢社会で成り立たなくなっています。

毎日の清掃を交代で行っていますが、お年寄りには大変な作業です。

ですから、動けなくなって、自宅にお風呂を作り、共同浴場の役務から離れる家も増えてきているようです。
(古い温泉地の家には元々お風呂が無いんです。共同浴場がありますから。)


その点、飯坂温泉の共同浴場はよそ様にはきっちり有料で、会社経営で成り立っています。私としては、この経営は温泉地の共同浴場の文化を伝える上で、妥当なのではないかと思っています。



①鯖湖湯(さばこゆ)

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明治をしのぶ共同浴場。松尾芭蕉も浸かったとの逸話もあります。

建物は平成になってから建て直されましたが、造り出しの高い天井の浴室は大変解放感あふれます。

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内部は写真を撮れませんでしたので、ポスターの写真を。


特徴は、脱衣場と湯場に仕切りがないんです。本当に解放感あふれます。

でも、地元の方と観光客の方でごった返してるメイン浴場です。

ですから、比較的温度も高くない。体感45度くらい(イヤイヤ、それでも熱いよ!)。

観光の中心地であり飯坂温泉の顔的存在です。


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お湯樽や、

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足湯や 、


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神社もあります。





②波来湯(はこゆ)

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駅の近くのこの施設は入湯料が他より高い300円。

なるほど、設備がすごい。お湯と水の出る水道が付いた洗い場がいくつもあります。昨今の銭湯みたいです。

しかもご丁寧に、熱い源泉掛け流しの浴槽と、加水したぬるい浴槽をふたつ用意しています。

熱いほうには5秒しか入れませんでした…。



ここまでが、飯坂温泉の観光名所。

この先、文字通りアンダーグラウンドに降りて行きます。




③切湯(きりゆ)

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温泉街を流れる摺上川 (すりかみがわ)と道路の端に、切湯の案内板が立っています。
え?ここ?



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この階段を下っていくのか…?

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階段の途中に券売機と番台があります。券を買って番台のおばちゃんに渡し…、


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更にこのトンネルを潜っていきます…。


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辿り着きました、地下室の様なこの空間。


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隅に祠も建っています。

夜は…、これないなあ…。


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そして、川面に面した窓から光が差し込むこの浴槽。1畳半くらい。


そして温度計の針は49度を指しています。


えー、無理です。もう一度言います。無理です。


唯一ある水道栓からホースを伸ばし、うめさせていただきます。

だいぶうめまして、やっと入れました。


ホッとしたのもつかの間、外で物音が…!


ヤバい!おそらく地元の方が来た!


あわてて水道を締め、ホースを丸めて端に片付けます。

そして何食わぬ顔でお湯に浸かります。


ああああ、掛け流しの高温の源泉がどんどん浴槽の温度を上げていきます。
たまらなくり湯船から出ると同時に、ガラッと戸が開いて、おじいさんが一人入ってきました。


おじいさん、私を見るなり、

おじいさん 「熱いだろ?」

私 「ええ、かなり熱いです。」

おじいさん 「俺たちは慣れてるけど、よそから来たもんには熱いだろうからな、うめていいよ。」

私 「いや、大丈夫です。ずいぶん浸かりまして…、はい…。」

おじいさん、身体を洗いながら、 「遠慮することない。でもな、ここは階段があって薄暗いだろ?だから足の不自由な年寄りは来れないし、観光客もあんまり来ないんだ。だから熱い。それがいい。熱いぬるい言いあうこともない。」

私 「なるほど…。」

おじいさん 「でも慣れないならうめてくれ。かまわなねえよ。」と湯船に入りながら…、「ああ、もううめたのか。」

私 「…はい…。」

おじいさん 「いいんだ、いいんだ、あはは!熱いだろ?!」

私 「熱いです。あはは。」

おじいさん 「いいんだいいんだ。あははは。」


…、どうも地元の方は、飯坂温泉の熱さにまいるよそ者には優しいらしいです。

この先の共同浴場でも、その熱さに対するギャップが地元の方との話題の中心でした。


イヤイヤ、本当に熱いんだって。どう入るんだよ、49度って。



                                              …後編に続く。







































2014年3月30日 (日)

ロード通学高校生とのせめぎ合い。

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スポーツクラブを変えました。

新しい職場が近くのクラブの法人会員のため、乗り換えました。

新参者にいろいろ説明していただいたインストラクターの方は最近ロードバイクに乗り始めたとのこと。

若く、たくましい青年ですから、この先伸びるでしょうねえ…。


自転車で遠くに旅したいと言っていましたので、3日休みがあれば、夜間走らずとも仙台や秋田や銚子に行けますよ 。と答えました。

「えー?!大変でしょう?」

「いや、惰性です。ロードは気持ちが折れても惰性で転がります。」と答えておきました。


ロードを乗り出すと、俄然他のロード乗りが気になるとも言っていました。

そうですよねえ。みんな早く見えますもんねえ。自転車のグレードも気になりますもんねえ…。



通勤コースで時々、ビアンキを駆る高校生と一緒になります。1キロくらいの区間ですが。

ロード通学の高校生というのは、前橋ではめずらしい。


のんびり走っていると、怒涛の勢いで抜いていきます。

あえて追いかけて抜こうとは思いませんが、先を走っているのを見かけるとじわじわ迫って抜きます。

結構頑張ってるくせに、「別に君は眼中にないよ。」という余裕の風情で抜きます。

しかし、後方で不意を突かれたその高校生が必死でギヤチェンジしている音を聞くと恐ろしくなりヒヤヒヤしながらお互いの別れを待ちます。

バカなオッサンです。


今のところ、私の方が彼よりも体重が軽く、そして通勤とはいえクリートシューズを履いているという点で有利に立っています。



親子ほど年の離れた、朝の意地の張り合い。

自転車乗りは、いつまでたっても子供なんでしょうか…。




2014年3月25日 (火)

晴天の赤城山。

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トナカイカーブから見下ろす風景。


休日の今日、今年初めて赤城山ヒルクライムコースを登りました。

今年は雪また雪で、例年よりだいぶ遅くなった初詣です。


平日でもありまして、ライダーには誰一人会いません。


旧料金所あたりからは車もオートバイもほぼ通りません。

時折通り過ぎるのは、郵便局と宅配便の車が少々。ご苦労様です。


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ゴール、県道4号前橋赤城線最高点。カーブナンバー69。


道路はカーブ40番台で雪のため実質1車線のところもありますが、除雪は行き届いていて、砂利もほぼ一掃されていました。

しかし、まだだいぶ雪は残っていて、これから気温が高くなれば標高1100m以上は濡れた路面が多くなると思います。

でも、下りさえ気を付ければ問題なく安全に走れます。


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ゴールの観光案内所は駐車場を含めて雪にすっぽり埋まっています。

もちろん営業されていません。

お値段高めですが人気のある(そしておばちゃんが見てくれに構わずたっぷり絞り出してくれる)ソフトクリームの時期はまだまだ先ですね。


今日はがっかりするには十分すぎるようなタイムをたたき出し、俄然これからの練習にヤル気が湧いてきました。


まえばし赤城山ヒルクライムはまだ先ですが、ツールド草津まではあと3週間あまり…。

ああ、どうしよう…、冬場の怠けが悔やまれます。


週末も登ろうっと。













2014年3月20日 (木)

北関東小さな旅。 ②「宇都宮編」。

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宇都宮。地元での略称は「みや」というらしいです。

水戸から輪行に切り替えまして、宇都宮を目指します。


同じ車両に、小学校2年生くらいの男の子と1年生くらいの妹の兄弟がリュックを背負って乗っていました。おじいちゃんのお家にでも行くのでしょうか?

電車が小金井にさしかかった時、車掌さんから「次は小金井。次の小金井では前方の5車両を切り離します。宇都宮方面へお越しの方は後方車両にお移りください。」とアナウンスがありました。

切り離し車両に乗っていたので、車両を移ろうと思いましたが、途中に運転席がありまして中を通っていけない。

「次の小金井でいったん降りてホームを歩けばいい。」と大人は考えることもなく思いますが、この子供たちはどうすれば良いかわからず浮き足立っています。


「君たちはどこまで行くんだい?」と声をかけると、お兄ちゃんは「石橋です。」と答えます。

(宇都宮の少し手前だな。)

するとお兄ちゃんが、「どうすればいいんですか?」と聞いてきました。

お、いい子だ。よく恥ずかしがらずに聞けたね。

「次の駅で切り離し作業があるから少し長く停まるよ。その間にこの先まで行く車両に移ろう。オジサンも一緒に行くから大丈夫だよ。」

ということで、小金井で子供たちを引き連れて移動しました。

子供達が石橋で降りるとき、お兄ちゃんは「ありがとうございました」ときちんと頭を下げ、妹さんは笑顔で「バイバーイ!」と手を振っていきました。

お兄ちゃん、この先きっとモテるよ。


さて、宇都宮には初めて足を踏み入れます。

巷の情報では餃子しかない街の様です。でもせっかくですから少しレアなところに行ってみたい。

観光名所としては大谷石の採掘跡の資料館がありますが、先日上司のSさんが探検し、お土産話を聞かせてくれたので他はないかなあと思っていました。


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たまたま、電車の中で家の本棚から適当に抜いてきた15年くらい前に買ったアポロ計画についての本を読んでいると…。

「そういえば、ロケットの実物大が展示してある施設が宇都宮にあるって聞いたことがあるようなないような…」

スマホで探ってみると、あ、ありました。


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ドーン。なんじゃこりゃあ!

実物大のH‐Ⅱ型ロケットの模型が、宇都宮の郊外に鎮座しています。

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全長50m。ここは種子島か…。でもアポロで使われたサターンⅤ型ロケットはこの倍の100m越えです。1960年代に。アメリカってすごいね。


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ここは宇都宮市郊外にあります栃木県立こども科学館です。

さっきのロケットはなんだかカウントダウンを始め、「リフトオフ!」でエンジンから煙がドドド!と出てきました。広場の子供たちも大喜び。

そっと裏に回ってみると、小さなドアが半開きになっていて、おじさんがこちらにお尻を突き出して中腰でドライアイスマシンをいじっています。

ドア閉めておけばいいのに…。


さて、科学館の中へ入ってみると、「今日は天文台の無料公開日です。」とのことです。

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建物の屋上に天文台があります。

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立派な望遠鏡があります。

今日はこの望遠鏡を使った太陽の観察会が開かれていました。

おお!フィルターをかけて覗いた太陽。黒点も見えるしプロミネンスが舞い上がるのも見えます。はじめてこの目で見た!わああ!

大興奮しながら周りを見回すと、参加者は子供とその親たちばかり。オジサンひとりは私だけです。

いいんです。どうせ中身は子供なんですから。


科学館の中の展示は当然こども向けです。でもなんだか少し古い。1990年初めあたりの匂いがします。

ビデオの教材も、「現在ISS(国際宇宙ステーション)を建設中です!」って言っています。

まあ、子供が体験できる設備が多い施設は維持管理も大変そうですし、なかなかお金は回らないのでしょう。

でも、ロケットだけでもインパクトは大ですよ。


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帰り際に餃子を食べました。子供だけどビールは飲みます。


お互いに、近くて遠い北関東三県。しかし、いざ行ってみるとなかなか楽しい旅が待っていました。







2014年3月18日 (火)

北関東小さな旅。その①「水戸編」。

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水戸アートタワー。以前WEBでみた「猿の惑星」のラストシーンの自由の女神をこのタワーに替えて、がっくり膝をついたチャールストン・ヘストンが、「ここは…、水戸だったんだー!」と叫んでいるパロディはだいぶ笑えました。


前橋市在住にとって、近くて遠い宇都宮と水戸。

なにせ、なかなか行く用がありません。

特に宇都宮には生まれてこのかた一度も行ったことがありません。

関東地方は東京に向けての中心線で機能しており、横のつながりが薄いんですね。


今回は気ままに北関東で一人旅してみます。


前橋から国道50号線をひたすら145キロ走ると水戸に着きます。

自転車でも、道に迷うことがないのであっという間に水戸へ。


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まずは、水戸芸術館現代美術ギャラリー。

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地味ながら意欲的な企画展。

展覧会の様子は写真撮影不可のため紹介することはできませんが、通り一遍でない企画の味が光る内容でした。

売れっ子もきちんと参加していて、どこの展覧会でも必ずのように目にするミランダ・ジュライもやっぱり作品を提供していました。

好きでも嫌いでもないのですが、いろんなところで彼女の様々な作品を見ていると(どれもこれも心に刺さる痛みを伴うのに…)、なんだか親近感が湧いてきます。

身体にケガなどをして痛いところがある時に、「どれだけ痛いんだろうか?」とやめときゃいいのに確かめたくなって、触ったり押したりして、「うわー!イタタタタタ!」ということがありますよね?

彼女の作品を観るということはそういうことです。



会場には特設のカフェが開店していて、地元の高校生たちが切り盛りしていました。

このスペースでは様々なワークショップも開かれているようです。

第一線のアーティストのワークショップに参加するだけでなく、ある程度の運営も高校生に任せる。

ここにも、水戸芸術館現代美術ギャラリーのしっかりしたビジョンを感じます。

過去の企画展でも、「次世代のアーティストを育てる」という軸がしっかりしていました。

将来、アートにかかわる仕事がしたいと思う子供たちに、かなり高度な学習と経験の場を提供しています。

アーティストにとっても、その環境は新鮮な出会いなのではないでしょうか。


「無かったんで、取りあえず美術館作ってみました。広く市民の皆さんに芸術に触れていただいて…」なんてぼんやりしたことを言っている前橋市は少しは見習ってほしいものです。


水戸芸術館はものすごいお金をかけて運営されています。おそらく収支は赤字でしょう。

でも、ビジョンはしっかりしている。将来に結びつく種を撒いている。

市民からの支持も熱いと聞きます。でしょうね。こうまで一生懸命じゃないと、喜んで税金を払う気がおきませんよ。


さて、そのカフェの女子高校生たちの初々しさに落ち着かなかった私ですが、一人のスタッフの方が察してくれて、「テラスに出てみては?」とすすめてくれました。

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素晴らしいウッドデッキのテラスです。

天気も良く、のんびりお茶をいただきました。

ちなみにこの広いデッキのカラフルなデザイン…、日比野克彦氏の手書きです…。


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水戸芸術館を後にする時にみた、エントランスギリギリに隣接する民家の造形が、なんだか一番アート感を放っているように感じました(一部ステンドガラスがはまっています。かっこいい…。)。



夕食は大洗まで臨海線で足を延ばし、何度か訪れている、人に教えたくない某居酒屋で摂りました。

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「今はアイナメだね。煮物が良いよ。」とのことで、いただきます。

…、すごく旨い。うまみがすごいのに、臭みが全然ない、むしろ煮汁に清涼感を感じるほどです。

いつまでも骨をしゃぶっていたい。そんな感じです。

他にもおいしいものをいただき、ほろ酔いで水戸に帰ると、偕楽園では夜梅祭がおこなわれていました。


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ライトアップされる梅たち。

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どこまでも続く灯篭。

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大きな音に振り返ると、松越しに大輪の花火が打ち上がっていました。


街も、通り一遍な地方都市ではない雰囲気がする水戸。路地裏にはけっこう個性的なお店も多いです。

道行く人も皆おしゃれですが、口を開くとびっくりするほどなまっています。


でも、それが魅力なのだと思います。































2014年3月12日 (水)

そろそろ赤城にご機嫌伺い…。

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裏道はまだまだですな。


1か月前、バレンタインデーの豪雪以来、赤城山はまるで「3,000メートル級の山か?!」と思えるような雪化粧をしています。

ですが、確実に春は近づいていて、もう自転車で登ろうとすれば登れます。

と言っても、頂上まで除雪されているのは「まえばし赤城山ヒルクライム」のコース、県道4号線だけで他はまだまだです。

4号線も雪解け水と滑り止め用の砂が混ざり合っていて、あまり快適とは言えませんが。


今日は、秋に訪れた西側山嶺の林道はもう開けているのだろうか?と確かめに、赤城山のあまり人が立ち入らない方にお伺いしてみました。


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まだまだ自転車が刺さるほど雪があります。



途中までは春の陽気で道も乾いていましたが、次第に周囲が雪に覆われてきました。

雪解け水も多くなってきます。

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標高1,000メートル付近の林道入り口。

さすがに標高が4ケタになると山の表情は一変します。これ以上は無理。

しかし、いつ来ても静か…。特に雪景色ですからひとしおです。

さて、クマが起きだしてくる前に帰ろう…。


日曜日あたり、AKGHCコースで今年初めてタイムを計って、がっくりしようかと思っております。


本日の走行距離56km。標高差995m。




2014年3月11日 (火)

生へのベクトル。



3月11日。

あの日、私のごく近しい人は、群馬県T市の病院で看護師として勤務に就いていた。

地震が起こる1時間前、病院の救急外来にひとりの若い女性が搬送されてきた。

女性は自宅で自殺を図り、病院到着時にはもう手遅れの状態だった。


駆け付けたご両親は、わが子の冷たい姿を受け止めるしかなかった。


変死扱いのため、一室で警察の検死が行われることとなり、両親は待合室でそれが済むのを待った。

寄り添い落涙する姿に、看護師の彼女は心を痛めた。




そして14時46分、あの地震が襲った。


震源地からは遠いながらも、病院は強い揺れに襲われた。

建物倒壊の危険性は定かではなかったが、強い余震が続くため、病院は災害マニュアルに準じて2階以上に入院している患者を1階ロビーへ避難させることにした。

しかし、自分で歩ける患者ばかりではない。寝たきりや車イスの患者も多い中、エレベーターも停止し、その移動は困難を極めた。


そんな中、そのご両親は率先して手助けしてくださり、患者を抱きかかえ、車イスを押し、患者の安全確保に多大なご協力をしてくださった。



震災から数日後、近しい彼女は言った。

「自死せざろう得なかった彼女には、それ相応の辛さや絶望があったろう。でも…でもね、もう少し早く、どうせ来るならあと1時間早く地震が来たら、彼女はその光景を見て、生きようとする人たちとそれを支えようとする人たちを見て、思い直したかもしれない。やっぱり生きようと思ったかもしれない。あんなに立派なご両親がいてくれるんだから…。」


普段は気丈でプロフェッショナルな彼女が、静かにぽろぽろ泣いたのをよく覚えている。




震災から3年。未だ脱け出せない絶望と孤独の中で、被災者の中には自死を選ぶ方もいる。


ひとりにしてはいけない。

私たちは多大な犠牲の上に学んだ。支えることと、支えられることの大切さを。


どんなことでもいい、わずかでもいいから、生へのベクトルの矢を支える力になりたい。


どんなに暗くとも、前だけはわかり、その先へ歩んで行くために。














2014年3月 9日 (日)

こうしてはいられない!ツール・ド・草津まであと43日。

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車窓からはどこまでも続くお茶畑…。


出張で静岡県牧之原市に来ております。


本当に何もなく、あるのはお茶畑ばかり。
こんもりした深緑の波々が幾重にもつながります。


ですので、たまに現れる道沿いの民家にある生垣や植木を見ると、「あの生垣もあの植木も、お茶なのではないだろうか?そうに違いない!」と思ってしまうくらいです。


先方様の、小高い山の上にあります宿泊施設に4日間泊めていただきましたが、窓からの景色は…、


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駿河湾の朝。

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駿河湾の夕。


そして、どこにいても当たり前のように追いかけてくる富士山…。


繁華街から遠い出張先であったため、実にのんびり過ごしました。



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一口食べてわかるような、だいぶ良いウナギなんかもいただきまして、


仕事してるんだか何だか…。お気楽サラリーマンで申し訳ありません。



などと、生ぬるい社会生活を送っているどころではありません!

もう、ヒルクライムシーズン開幕を告げるツール・ド・草津は目前ですよ!


帰ったら、冬の間に緩んだ体を鍛え直そう!



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恒例の、「今年の目標!ぐったりドンキーストラップ」も作りました。

「KOM in AKG !!」といたしまして、スローガンは「私は赤城山ヒルクライムで”キング・オブ・マウンテン(1時間切り)”を目指します。」という内容です。

いいんです!無理でもいいんです!目標だから高くていいんです!叶わなくてもいいんです!努力すればいいんです!

10本作って1,000円ちょっと。お好きな色をよりどりで。

いつもお世話になっております、「オリストラップ」のグッズプラス様のHPはこちらです。

別に、1円もいただいておりませんが。



さあ、自転車が待っている前橋に帰ろう!








2014年2月26日 (水)

298円。ネギとエビ、どちらをとるか?

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そりゃ、エビでしょう。


スーパーに買い物に行きまして、相変わらず大雪の影響で野菜が高騰中。

ネギが2本で298円です。いやいや、これでも安い方です。

とても買えないので、店内を見回していると…、

「特価!国産エビ6尾298円!」


野菜高騰の中、その他の商品で目玉を作り、客をつなぎとめるスーパーの涙ぐましい努力。

滅多に国産エビなんてハレの物は買いませんが、その心意気に感謝して購入しました。


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4尾を刺身、2尾を塩焼きにして、肴にしました。


ああ、だいぶ旨いね。



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殻も捨てませんよ。これでだしを取ります。


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だしを取ったら、味噌汁にして、更に小エビなんかも散らします。

わかめは先日頂いた生わかめ。濃厚な海鮮汁になりました。


更に、だしを取った殻を油で揚げて、塩とカレー粉で味付けしてスナックにして食べました。


ネギも様々な形で食することはできますが、同じ298円なら圧倒的にエビのバリューが上回ると思います。


当分は野菜高騰で、食の価値観のパラダイムシフトが続きそうですね。



あーそうです。自転車全然関係ない。

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でも今日は、こんなところに自転車でおじゃましたりしてたんです。


その話はまた後ほど…。











2014年2月25日 (火)

大雪徒然…。

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前橋市本町。ソチより雪があります。


冬季五輪、前橋でやればよかったのに…、と思うほどの記録的積雪。


2月14日から降り始め、翌15日の朝はもう大変なことになっていました。

積雪73センチ。もちろん観測史上初です。


朝、早く起きて状況を確認。その時点で前橋市内は全ての公共交通機関、自家用車での移動は無理な状況。

しかし、無理して乗り出した車があちこちで身動きを取れなくなっています。


徒歩です。どうしても職場に向かわなければなりません。

一歩踏み出したら、腰まで雪に埋まりました。


プチ遭難みたいな状況で雪をかき分け職場まで6キロを進みます。


国道50号に出ると、雪の降り始めから断続的に車が走っていたためか、道路にそれほどの積雪が無く、すたすた歩けます。でも、車では無理な状況。


国道50号を、車は一台も走りません。歩行者天国です。


「この先の人生で、真っ白な国道50号の真ん中を歩くなんてことはないだろうな…。」と思いながら進みます。


途中の前橋市消防本部。朝7時前なのに続々と署員が出勤して来ていました。

「ああ、非番の署員にも召集がかかったんだな…。」、ご苦労様です。

案の定、その日は前橋に救急車のサイレンが途切れることはありませんでした。



私はこのブログで自身の職業について触れていませんが、まあ、こんな雪でも職場に向かわなければならないサービス業ですから、どんな仕事かだいたいの察しはつくと思います。


結局3日間、雪や、氷水や、ツルツル滑る氷の上を歩いて通勤しました。


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3日目はあまりにも路面の凍結がひどいため、ハンドメイドアイゼンを製作しました。



最初、結束バンドを靴底に渡しただけでしたが、ブチブチ切れてしまう。


そこで針金を渡して、間を安全ピンでつなぎました。


これが最高のグリップ力を発揮し、大活躍でした。


ていうか、本物のアイゼン履いてる人もいましたから。みんな羨ましがっていましたよ。


やっと路肩の雪も少なくなってきました。


明日から自転車通勤再開です。


















2014年2月14日 (金)

雪、また雪…。

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また積もってる…。



先日の大雪から、自転車に乗れません。

やっと路肩に積みあがった雪も解けてきて、いよいよという頃合いで、今日も雪です…。

雪が降らない前橋でもこの調子。他の地域でも「なんだこの雪は!?」とあわてているところが多くあるんでしょうね。

でも、車で通勤している(ノーマルタイヤですが)と、自転車の高校生がツルッツル滑って転びながら往来しています。


本当に危なくて気の毒になります。


10年に一度と言われる大雪なんです。学校なんてお休みにすればいいのに…。ケガで済めばラッキーという状況なのに…。

どうか、高校生に限らず、皆様お気を付けて。


2014年2月11日 (火)

現代の関所、新町検問所。

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国道沿いに、この異形…。現代の砦です。


検問所という警察施設は全国にいくつかあるようですが、多くは旧街道にありまして、この「新町検問所」も旧中山道に面しています。

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何を検問するのか…?




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施設の裏に車重計が…、トラックの過積載を取り締る設備でしょうが…、

さびだらけで動くようには思えません、


先ほどの塔の内部もブラインド越しに覗いてみましたら、内部は物置のようになっていて、とても階段を登って塔のてっぺんへ行ける状態ではないようです。


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敷地にパトカーが停まっていて、交番もありますが、お巡りさんはいません。


ただ、監視カメラは数台あり、この「新町砦」を撮影したり、施設内を覗き込んだりしているピッタピタの服を着た自転車バカらしい人(私)の姿を常に追尾しています。


法規を調べますと、「広域交通検問所」は全国にありますが、群馬県では2か所。高速藤岡ジャンクションとここ新町だけ。

他の県も似たりよったりです。

どうも、各県とも高速道を除くと旧街道にポツンとあるようです。今や主要国道ではないのですが。

昔の関所の名残りが、現代において未だに息づいているのでしょうか…。


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ちなみに、ほぼ隣にあのラスクでで有名なハラダの宮殿があります。


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まともに使われていた当時、この塔のてっぺんでのお巡りさんの勤務は大変だったろうな…。

暑いし、寒いし、丸見えだし、自分が何やってんだかいまいちわからないし(いや、失礼。想像です。)


この塔も老朽化が進んでいるようです。

おそらく、あと数年後にはなくなるでしょう。

なくなる前に、あのガラス張りの尖塔に立ってみたいものです。


特にやることも無いけど。























2014年2月 2日 (日)

春のような陽気。

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景色は冬枯れですが、気温15℃。

午前中は時おり雨でしたが、午後からは晴れ。

隣の市の伊勢崎市に用事があって出かけましたが、あまりの陽気に広瀬川から利根川にかけて60㌔ほど軽く走ってみました。

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まるで春全開。虫がすごい。

まだ2月ですが、隙あらば孵化する小さな虫たち。本当に頼もしいです。


玉村町から前橋市に入る手前に、新しい橋を建設中なので、だいぶ迂回を迫られるのですが…、


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迂回路の先が砂利道です。50メートルくらい。

サイクリングロードの迂回路が砂利道ですと、ロードはキツイ。

自転車を降りて押していると、一緒になったライダーさんが「この50メートル、せめて仮舗装してほしいですよね。」と愚痴をこぼしていました。そうですねえ…。

賛同しかけましたが、それはわがままですね。

そんなにたくさん税金を払ってる私ではありませんので…。









2014年1月26日 (日)

もっと光を…。

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5000カンデラ。カンデラって、良くわからない単位ですね。


平凡なサラリーマンの私が自転車通勤していますと、当然この時期、帰路は真っ暗。

ライトは明るい方が良いです。

ずいぶん前ですが、キャットアイのナノショットプラスを購入しました。

価格は1万円を超えますが、買えばわかります。そのバリューが。

すごく明るい。おそらく車のヘッドライト片側分くらいはあります。


まわりからの視認性も良い。重量も160gですからハンドルを振られるほどではありません。

ハイビームでは1.5時間、ロービームでは4時間しか保ちませんが、通勤で4時間かける方はあまりいないでしょうから十分です。


USBで充電ですので、万一の場合は職場で仕事中に充電できます。



昔、ダイナモライトが当たり前の時代があって、疲れるから無灯火という方が警察官に呼び止められることがほとんどでした。


最近は電池式の前照灯が多いので、無灯火の摘発は少ないのですが、そうなると逆に問題となるのが道交法の光量とはどのくらいなのか?

道交法上では「前方10mが視認できる」というのが前照灯の条件です。


でも、これがあいまいなんです。

巷で売られているライトも、製品のパッケージに「自転車前照灯としては使用できません。」なんて小さく書いてある。

小さくて、単三乾電池1本だと、そんなものです。10mも照らせません。


さらに、巷にはスピードの出る自転車があふれています。

時速40km/hで走るロードバイクが、夜間前方10mを認識してブレーキングをかけて間に合うのでしょうか?

更にもってのほかですが、相変わらず夜間ライトなしで高速で走行する自転車の方がいまだにいて、誰もがヒヤッとしたり、人を傷つけたり…。





「もっと光を…」はゲーテの最後の言葉ですが、現在、自転車は、ありあまる光を簡単に手に入れることができます。

自分も夜間の運転が楽になるし、周りからの視認性も良い。


その先へ…。


「この子らを世の光に…。」と語ったのは、日本の知的障害児療育の父と言われる糸賀一雄氏。

「かわいそうなこの子らに世の光を…」ではないんですね。

「この子らを世の光に…。」なんです。


全然違う分野でも、同じことだと思います。


無灯火自転車は、自分や誰かを傷つける。光量が不足していても、ロードバイクでは人を傷付けるかもしれない。

もう、そんな時代は終わりにしたい。


明るい光をまとって、道路の安全をけん引する存在として、自転車はあるべきだと思います。


ロードバイク乗りは、ジェントルマン(女性を含めて)なんですから。








2014年1月23日 (木)

変な日焼けの人々。

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スキーシーズンです。でも、群馬の半分には雪は降りません。


群馬県は、南半分が関東平野で雪はほぼ降りません。前橋も南部ですので雪はなかなか降りません。


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しかし、北半分は山岳地帯で雪が豊富であり、多数のスキー場があります。


群馬育ちは、やはりスキーやボードなどのウィンタースポーツに熱中する方が多く、ほぼ週末はスキー場にいるなんて方も珍しくありません。

そんな方は、冬になるとみるみる日焼けしていき、真っ黒になります。

ボード系の人はゴーグルを使用しているケースが多いので、目のまわりだけ日焼けしてないという、どうも変な日焼けになります。



そして、雪の降らない南部の自転車乗り達も、人のことは言えません。


冬場、日照時間が長く快晴の群馬県南部をサングラスをかけて(かけないと日差しが強いんです)長い距離を走ると…。

はい、目の周りが真っ白の日焼けになります。


普段、私はメガネをかけていますので目立ちませんが、ふとはずした時を人に見られると、「わあ!すごい日焼けですねえ!」と驚かれます。


そして、スキー&ボードバカの変な日焼けの知人に出くわすと、「なんだよその日焼け!」と笑われ、こちらも「そっちこそなんだよ!そのゴーグル跡!気持ち悪い!」と、言い返します。


お互い趣味は違えども、「頑張ってるじゃん…。」という、冬の日焼けを称える、まあ、エールの交換みたいなものですね。


2014年1月20日 (月)

セミ・オーバーホール。つづき。

さて、オーバーホールの続きです。

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クランクをはずします。

密封されていると思いきや、結構汚れや細かい砂が入り込んでいます。

クランクは片方(この写真側)しか固定されていませんので、反対側はこれでドゴッとはずれます。

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はい、はずれました。

本来はフロントのアウターとインナーの歯をはずして洗浄するべきですが、専用工具を持っていませんので割愛します

でも、こうやってはずすと細かいところまで手が届きずいぶんきれいになりますね。

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ペダルもはずして洗浄します。

ペダルは更にシャフトを分解して洗浄することもできますが、専用工具が無いと無理です。

本当はやった方が良いとは思います。たぶんそこには細かい砂や汚れが溜まっていることでしょう。

でも、専用工具を持っていないので、今回は本体とクランクとの接合部だけを入念に洗浄するだけとします。


取り付ける際はグリスを付けます。かじりを防ぐためにも。

「グリスアップしたら、駆動時にネジがゆるむのでは?」という心配は、まあないと思います。

特にペダルは逆ネジですから。踏めば踏む方向に締まります。


クランクも適度にグリスを塗り、装着します。

樹脂製のOリングには特に塗りこんだ方が良いようです。劣化を防ぎます。



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オーバーホールが済みまして、利根川CRを試走。


途中止まってディレイラーの調整をしながら、大寒の中130㌔ほど走りました。

実際に走ってテンションをかけないとなかなか不具合が発見できませんので。素人ですから。


今まではチョコチョコそれぞれの個所をメンテナンスしてきましたが、今回おおよそをまとめてオーバーホールしました。すると、俄然違いが解ります。

「おお!ダイレクト!駆動に無駄が無い!ストレスが無い!」と実感できます。


思わず、「あれ?サドルもうちょっと上げた方が楽かも?」

と感じ、サドルを上げ気味に調整したら、so good!。

「足が長くなったのでは!?」と、思いたいところですが、まあ、、そんなことはなく、マシンの挙動に応じてポジショニングは微妙に変わるということです。



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帰り道、行田に寄って「ゼリーフライ」を食べました。

チャーハンと一緒に。

ゼリーフライ…。コロッケに近い食べ物ですが、なぜ行田以外にはないのでしょうか?

(それはコロッケが完成形だからだと思うよ。衣がサクサクしてた方がいいじゃん。)












2014年1月19日 (日)

ツール・ド・草津とハルヒルにエントリー。

年末に、毎年草津町から便りが届きます。

「ツール・ド・草津は元旦からエントリー開始ですよ。」というお誘いが。


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年の初めは草津にエントリー。

私はサービス業であまり盆も正月も関係ない仕事をしておりますが、「ああ、お正月が来たなあ。」と気分だけ正月に浸っていると、つい忘れてしまう草津エントリー。

「あ、草津だ。」と思い出して先日無事エントリーを済ませました。

降雪のため、一昨年は短縮コース、昨年は中止でした草津ですが、今年は無事開催できれば良いですね。

でも、草津の良いところは、中止になっても日本有数の温泉を堪能できるという点です。

他県の方々も、はるばるいらしてレースが無いとなっても、どうか草津の湯を楽しんでください。


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そして榛名山ヒルクライムin高崎、通称「ハルヒル」のエントリー。

エントリー開始は1月18日でした。

こちらもお誘いの封書が届きました。

さっそくエントリー。クレジットカードの締日を過ぎてのエントリー開始ですので助かりました。ひと月に2件もエントリーできません。赤貧ですから。


と、パンフを見ると募集人員はやはり前回規模の5300名…。


うーん…。榛名湖コース定員4000名は、まあ良いとしても、ミドルコースの榛名神社コースと初心者コースを合わせて募集1000名というのは、…どうなんだ?


コースも、榛名神社と初心者コースはあまり「初心者」向きではありません。

ただ、ダラダラ登る、初めての方にはかなりの勾配があるコースです。

林間もカーブもなく、あまり面白みがありません。

前回大会は、地元中学生を大量動員しても定員割れになったと思いましたが、また同じように国内最大規模を目指して募集をかけるのは、いささか、「どうなのかなあ?」と思ってしまいます。


だって、「どうしても出てくれって言われて出てみたら、何にも面白くなかった。」っていう10代を増やしたら、元も子もないでしょ?


ハルヒルは潔く、榛名湖コース一本に絞った大会にすべきではないでしょうか?

タイムトライアルもありますから十分特色は出せると思います。


何しろ、スタート地点のキャパが無いんですから…。ほぼ全部が砂地で…。

(大会当日が雨模様だったら、私は自転車を担いで待機するつもりです。)


自転車、セミ・オーバーホール。

今日は、だいぶ疲れた自転車を労わる日です。

半分くらいのオーバーホール。


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リアディレイラーをはずし、分解・洗浄。


乗り始めた頃の、落車しまくった傷跡が甚だしく…、お疲れ様です。


リアディレイラーを組む時の注意点は…、

ふたつのプーリーは同じに見えても、ガイドとテンションで別なんですね。

しかもテンションには回転方向が指定されているので、組み直す時に要注意です。



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フロントディレイラーもずいぶんくたびれています。

チェーン外れでロックしたせいで、少し変形もしています。

手で可能な限り矯正しました。



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スプロケットもばらして洗浄。


普段ディクレイザーを吹きつけてきれいにしているつもりでも、分解してみるとずいぶん汚れているものですね。特にロックリング。

枚数がたくさんあっても、スペーサーの位置だけ覚えておけば難なく組み直せます。

大きいものから順番に着けていくだけですし、それぞれの歯は一定の位置でしかロックリングに入らないようになっています。

裏表だけ注意。歯数が刻印されている方が表です。



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チェーンも替えました。


先日は伸びたチェーンをコマ詰めしてお茶を濁しましたが、この際ですから新品に替えます。

チェーンの長さはフロントをアウター、リアをトップにし、タイヤを接地した状態でリアディレイラーのふたつのプーリーがちょうど縦一列に並ぶのが理想です。

まあ、チェーンのコマも1.5センチくらいあるし、ディレイラーの状態にもよりますから、ぴったりとはいかないこともあるんですが、どうせチェーンは伸びますからそんな時は多少テンションプーリー(下の方)がやや前に来る程度に調整すれば良いのではないでしょうか。


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ワイヤー類も一新。

PTFEの高いワイヤーは購入を躊躇したため、普通のSUSのワイヤーです。

充分です。庶民なんですから。

シフトケーブルはなかなか入りづらいんですが、STIレバー内のワイヤー挿入口がよく見えるようにライトで照らしたり、先の丸い極細のアーレンキーなどでワイヤー先端を正しい経路にそっと押し込んだりしながら通していきます。


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バーテープも、いつもと違うものを巻いてみました。

こういった実際に手で触れるものは、感触が馴染んだ同じものを購入し続けることが多いのですが、たまには…、と思いましていつもと違うメーカーのバーテープを選択。

パッケージに「washable」って書いてあるけど、バーテープを洗濯して何度も巻く人っているのだろうか?


ということで、今回はここまでです。

クランクとBB、ペダルは後日メンテナンスをすることにします。

これからディレイラーなどの調整がうまくいっているか試走に行ってきます。

でも、なかなか「ピタ!」っと決まらないんですよねえ…。











2014年1月16日 (木)

通勤途中にメカトラ。

気温0度近くを通勤途中、信号からリスタートし、フロントをアウターに上げようとしましたら…、

「あれ?」

アウターに上がりません。シフトレバーを押してもスカスカ。

停まってフロントディレイラーを覗き込むと…、

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うわー、ワイヤーがボロボロになっている…。


一年前に交換したシフトワイヤー。首の皮一枚。

うーん…。不覚でした。けっこう酷使していたんですね。


とりあえずインナーでは回わりますが、トリム操作もできないので、ガシャガシャ言わない軽いギアまでリアを上げ、脚を回して遅刻は回避。


たぶん原因のひとつはチェーンが伸びていて、フロント側で外れることが度々あり、その時ワイヤーを傷つけていた可能性があります。


チェーンは先日コマ詰めしましたが、ワイヤーの痛みはよく視認していませんでした。

ダメだなあ…。こんなことじゃ…。


そもそも、消耗品であるチェーンの伸びを、コマ詰めでお茶を濁すという自体に問題があります。

お金が無い私ですが、消耗品は消耗品。やっぱり自転車に乗るからには、整備をきちんとしなくてはなあ…。と、恥ずかしくなりました。

だって、メカトラで仕事に遅刻したら、自転車乗りとしても社会人としても、ダメな人になりそうですから。



と、いうことで、コンポーネントをオーバーホールします。


今週末、消耗品は全部換えて、ディレイラーもスプロケットもクランクも、全部分解して清掃・整備してみたいと思います。(BBはまあいいか。ベアリングは堅調なようなので、まだ今は開けなくて良いような気がします。)


幸い、どういうわけか土曜から3連休です。

1日2日を使いしっかり整備し、たっぷり試走できればと思います。


あーあ…。こんなことならタキザワの初市でチェーンやシフトワイヤーやブレーキシューを安く買っておくんだった…。



でもあれか、どうせ欲かいてルーレットで惨敗して後悔するだけか。

「もともと10%引きだったのに、ルーレットで3%引きになっちゃった…。」と、どうせ泣いていただろう。


そうだよな。自分の人生はいつもそうだから。











2014年1月 8日 (水)

「俺の考えた芋煮」

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これが、辿り着いた「芋煮」です。

私は人生の大半を、日本全国民が最も興味を示さない県である群馬の前橋市で過ごしました。ですので、世間知らずです。

肉じゃがの肉は豚肉がスタンダードだと思っていました(本当は牛肉だが群馬県は養豚が盛んなため)。

煮干しでだしを取った料理の煮干しは、取り除かずに一緒に食べると思っていました(海なし県で海産物が貴重なため。あと幼少期に貧乏の家に育ったため)。

料理は好きです。作るのは主に田舎料理です。キッチンに西陽が射しはじめる頃、煮物料理の手始めに大根を下茹でしている時のあの落ち着いた香り…。そんなひと時が大好きです。

そう考えると、料理は単に作って食べるものだけではないと思います。調理の過程、食べる過程、どんな人と、どんな場所で、どんな思いで…。



ですから、食は様々な思い出を作ってくれます。それが人生の糧になる。

そして、東北地方には、そういった思い出を紡ぎ合い、分かち合い、人と人との繋がりを強める、独自の風習があります。

それが、「芋煮」。


他の地方の者にとって、それは全く未知の世界です。
秋になると全国ニュースで必ず放送されるショベルカーを使った「巨大芋煮会」。あの印象しかありません。
いったいどんな食べ物なのか、私は見たことも食べたこともありません。

(そのニュースで「芋煮」自体を映すと思うのですが、ショベルカーと大きな鍋が強烈すぎて、食べ物は全く印象に残っていません。)

しかし、職場の元ミス山形、Hさんのお話では芋煮会は東北に欠くことのできない行事であり、友人、地域、職場、その他、様々な人間関係を支える社会インフラなのだと言います。

私  「芋煮会ってバーベキューみたいなものですか?」

Hさん「バーベキューだあ?はん!欧米か?!」(だいぶ古い…。)
私  「いや、えーと、この辺ですと、河原ではバーベキューっていうのが一般的なんですけど、芋煮ってなんだか地味じゃないですか?」
Hさん
「…おい、もう一度言ってみろ。おまえのところに秋田・岩手・山形・宮城・福島から一人ずつ手下のヒットマンを送り込んでやろうか?
私  「すみません!すみません!そんなつもりじゃ…。でもジャガイモが主役なんて…。」
Hさん
「ジャガイモ?!バカなこと言ってんじゃねえよ!芋煮は里芋だろ!刺すぞ!」
    「ああ!すみません!すみません!本当に何も知らないんです!許してください!」
H
さん 「いいか、芋煮っていうのはなあ…」
私  「あ、待ってください。東北の方がいかに芋煮を大切に思っているかわかりました。ですから、その気持ちをもっと汲みとって、形にしてみます。『俺が考えた芋煮』を作ります。次のルールで。」
H
さん 「ルール?」 

 

 

 

「俺が考えた芋煮」ルール

 

 ・レシピを調べてはいけない。
 
webなどで調べて良いのは、「芋煮会の思い出」「今日芋煮会で」「芋煮会あるある」など、東北の方たちの芋煮にまつわる楽しい雰囲気が伝わってくるHPやブログなど。
 ・上記を読んでいるうちに具体的なレシピが出てきそうになったら即シャットアウト。
 ・乏しい事前知識と地元の方たちの「楽しい、おいしい想い」だけを頼りに考え作ってみる。

…事前知識…

 ・イモはジャガイモでなく里芋だ。

 ・肉は入るが、何の肉かは不明。

 ・旬の野菜が入る。

 ・しょうゆ仕立てと味噌仕立てがあるらしい。

 ・だしは取るのか取らないのかわからない。

…うっ、ほぼ知識ゼロだ…。

 

そして一か月間、様々な「芋煮」や「芋煮会」に関するHPやブログを見て回りました。

幼少期からの「芋煮」がいかに東北人の根底を形造っているのか実感しましたし、やはり多くの若者が故郷を離れ関東や東京に出ていく現状がありますので、「芋煮」はふるさとへの思いに直結します。つまり、アイデンティティーそのものなのです。
はたして、私はそれを形にできるのか…?

11月のある日、いよいよ、作ってみました。

○味噌仕立てにしてみよう。

しょうゆ仕立てだと、味の濃淡でしょっぱくなったり淡泊になったりと幅広くなり、求められるキメどころが曖昧になりやすい。ここは味噌で勝負します。

○野外料理だ。だしに手間ひまかけることはないと思う。

ですから、大掛かりに仕立て前にきちんとだしを取ることはないと考えました。だしは具材に任せて取らないのではないか?それとも…。ここは安全策として、手軽にほんの少しだけほんだしを入れてみました。

○里芋は丸か薄切りか?

一口大の丸か?それとも厚さ5ミリ程度の薄切りか?群馬で主に食される「けんちん汁」には里芋は丸

では入りません。

しかし、屋外で長い時間鍋を囲むわけです。丸でないと煮崩れしてドロドロになりそうです。ここは一口

大の丸でしょう。

○秋の旬材と言えば…、

芋の他に、キノコは入ると思います。でも、何が?

仕立てが味噌・砂糖・酒なので、どうしてももう一手の旨味というかだしを考えるとシイタケが良いので

は?ここは個人的にも大好きなシイタケでいきます。

○他に何が入るのか?

Hさんは、「基本はシンプル。」と言っていました。では絞ろう。

選んだのは里芋、シイタケの他に…、

・ネギ…旬ですし、後入れで瑞々しく、煮込めば濃厚。鍋なんだから欠かせない。

・厚揚げ…豆腐も考えましたが、ここは煮崩れしない厚揚げで。鍋ひとつですから、後半様々なエキス

を吸って食べ頃になる主食級も必要ではないかと。

○あー!もっと入れたい!いろいろ入れたい!

と、思いますが、我慢します。もし、しょうゆ仕立てにして大根・人参・ごぼうなどの根菜やこんにゃくなどを入れてしまったらけんちん汁になってしまうし、味噌仕立てで豚肉を使ってしまったら具だくさんの豚汁になってしまいます。
手探りのまま、「芋煮」座標の中心を突きたいのです。誘惑には負けません。

○肉は?

味噌仕立てと決めた時点で、牛肉を選択しました。

豚汁化は避けたいのです。豚肉が入ってしまうとなんでも群馬味になります。ここは牛です。子どもの頃憧れた、裕福な家の子しか食べられなかった牛で行きます。

 

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牛肉のためだいぶ灰汁が出ます。実際の芋煮会にはバーベキューの焼き係ならぬ灰汁取り係がいるのでしょうか?


そして、出来上がりました。
出来上がってから、初めて様々なサイトで「芋煮レシピ」を確認しました。

そして、そこにあったのは…、正にカオスです。

地域性が様々で、「これは豚汁だろう!」「いやいやこれはけんちん汁だろう!」「ていうか、もう里芋が入った寄せ鍋だろう!」「すき焼きだよなあ…。」「え?きりたんぽも芋煮の範疇に入るの?」「洋風って言うけど、もう完璧にプロバンス料理だよね?」「違うイモが入ってますけど…。」



突っ込んでも突っ込んでもきりがない、なんでもありの世界でした。

結局、なんでもいいのだ。そこに里芋さえ入っていなくてもいいのだ。


はたして、私が作ったこの料理は、「芋煮」なのでしょうか?

 

Hさんに食してもらうと…、

「ま、芋煮ね。味が薄いけど。東北料理の塩分濃度は1オクターブ高いのよ。あとはね、味噌仕立てだったら豚肉ね。豚汁にしたくないという気持ちもわかるけど。それにキノコはシメジがスタンダード。シイタケは好き嫌いがあるでしょ?厚揚げはナイスチョイス。手でちぎって味が染みやすいようにしたのはよくできました。」

とのことでした。

 

しかし、「芋煮」を理解するには、調理したり食したりするだけでは足らないのです。

そこには正解も不正解もあるから。

正解としては、里芋が入っていれば「芋煮」。不正解としては、コミュニティーとアイデンティティー伴っていないと、本当の「芋煮」ではない。

たった一人で、キッチンで作って食べても、それは「芋煮」ではないようです。


東北に生まれ育った人にとって、「芋煮」は料理ではないのかもしれません。

それは、ふるさとの短い秋の思い出であり、様々な人と接する成長の場であり、個人・家族・地域・社会、すべてを紡ぐ、人と人とを結ぶ絆なのです。

 

本当に大切な、宝物だと思いました。

Hさん、ありがとうございました。






2014年1月 5日 (日)

日帰り輪行、九十九里。

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なめろう。なぜアジがこんな名前になるんだろう?


名前の由来は定かではないらしいですが、房総においてもいろいろななめろうがあり(アジだけではないそうです)、ガンガンたたくものと素材の味をわかりやすくするため粗くたたくところもあるそうです。

もともとは漁師料理で、船上では揺れが激しいので醤油を持ち込むのは不便であり、味噌とあえてサッと食べられるものとして普及したそうです。


能書きはよいとして、私は存在こそ知っていましたが、なにせ生まれが海なし県群馬の前橋です。

食べたことがありません。

じゃあ、行ってみようか外房へ。日帰り輪行、九十九里です。


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東金九十九里有料道路。自転車も通行可です。

前橋から東金まで電車で輪行しまして、この有料道路へ。

料金は…、

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軽車両、20円なり。

自転車やリヤカーは通行料金20円です。

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この料金箱に20円をチャリンと入れます。


まあ、東金から九十九里まで10㌔くらいですから、別に有料道路を使うことも無いのですが、自転車通行可の有料道路とはどんなものかと乗ってみました。


高速道路ではないので対面通行の普通の道路です。

ただ、ほとんどが高架なので、視界が高い。

信号がない。路肩が広い。

…、それだけですが、20円なら乗って損なしです。

10㌔で平均巡航速度がどれくらいに保てるか、安全に挑戦できます。

でも、今日はなめろうを食べるのが目的ですから、後の課題に取っておきました。(←この言い訳太郎が!お前はいつもそうだ!)


さて、あっという間に九十九里浜に。

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おじゃましたのはこちら、「九十九里倉庫」

このお店は、水産加工会社の元倉庫を改装されたそうです。

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内部は2階構造で、元倉庫だけあり天井が高い。

割とフランクな店内です。

一階には無造作にいけすがあり、魚がうようよいました。

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窓の外は、冬枯れと海…。


注文して待っていると、(良かった、まさかのなめろう作り置きではないらしい。)

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あら、立派な尾頭付きで。

ちょっとカメラのレンズが汚れていたようで紗がかかり申し訳ございません。


…、だいぶおいしいです。粗くたたいたうえで、味噌と酒かなあ?味がシンプル。ねぎはあと乗せか?

「お好みでお酢をどうぞ。」と言われましたが、お酢を付けても付けなくても非常に上品な旨みを感じます。

ああ、やっぱりおいしいものだったんだ…。初めまして。これからもお願いいたします。


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イワシのぶっかけ丼もいただきました。

ねぎが乗っていて、この写真ではその全貌ははっきりしませんが…、

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食べてる途中の写真で大変失礼いたします。


ぷりぷりしたイワシがわんさか乗っていまして、まあ、全く臭みがなくおいしい。


前橋で口にするイワシの刺身なんて、この辺りの方は食べられないでしょうね…。



やあ、たいして下調べもせず来たけどいいお店です。

実感したのが、何人かのお客さんが店員さんと新年のあいさつをしていること。

地元の方にも愛されていることがうかがえます。

あと、冬でも波に乗っているサーファーの方も顔を出して新年のあいさつを交わしていました。若いのにすごいジェントルマン。この時期のサーファーはやはり芯が違うのでしょうか?


お値段はそこそこ安くはないですが、(なめろう850円、イワシのぶっかけ丼、お吸い物、お新香付きで1000円。)高くはない。そして味も仕事も十分です。

こちらのお店は焼き蛤がイチオシだそうですが、先日無数に貝を食べた関係でスルーさせていただきました。あしからず。



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九十九里浜を南下します。

九十九里ビーチラインが高台にあるため、当初はあまり海が見えませんが、なにせ長い砂浜です。ちょこっとラインの高架ををくぐれば、いたるところに美しい海岸と、サーファーと清潔なトイレがあります。


冬でも、海辺のこの環境を保っているのは、やはりこんな寒空で波に乗っているサーファーさんたちがいるからでしょうね。

行政も、駐車場やトイレの管理を一生懸命されている感じが伝わりました。


ずーっと南下して、外房線の端あたりで電車に乗り、前橋へ帰りました。

たいして走ってません。おいしいものを食べるのがメインの自走60㌔くらいの旅でした。




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陽が傾きかけた頃、誰もいない海岸で、波乗りの帰りがてら、砂浜のゴミを拾いながら車に帰るおっさんサーファーを見ました。


ジーンときました。


波乗りはできないけど、ああいうオッサンになりたい…。


別に「えらいね!」って言ってほしいわけではない。

感謝の気持ちを、気負いなく行動に移せたらなあと思います。



波乗りはできないけど、自転車で今年もいろいろなレースに出たいですし、いろいろなところへ行きたい。


でもそれができるのは、家族や友人、周りの皆様の支えがあり、環境があり、地元の皆様の理解があり、行政の頑張りがあり、自転車乗り個人個人の努力があり…。


好きなことができるのも、周りがあってこそ。それへの感謝を忘れたくない。


九十九里の真冬のサーファーに、そんな想いを学んだ旅でした。





































2013年12月29日 (日)

オイスタージャーニー!前橋⇔香川往復13,000円の旅(牡蠣食べ放題付き)後編

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「カキ焼き わたなべ」に到着しました。

店内はかなりの急こう配の階段がつなぐ2階建てです。


「予約しておりますyagitaです。一人です。」

と告げますと、二階に案内してくれました。



1、2階共に大きな囲炉裏風のテーブルがいくつかあり、その傍らに座ります。

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窓の外はそのまま海です。



店員のお姉さんが、「牡蠣焼きますね」と言った瞬間、目の前にガラガラと、

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大量の牡蠣が…。


「10分くらいしたら焼けますから、食べ方を説明しますね」

うあー、牡蠣だ…。と思って覗き込んでいたら、バチッと牡蠣殻が破裂して飛んできました。

ああ、それで囲炉裏の堀が深いのか。


10分ほど経ち、お姉さんの説明の概要。

1. 殻が開いたらそのうち食べられる。
2. 表の殻が白っぽくなって、裏がそこそこ焦げたら食べろ。
3. 開かない牡蠣もあるから、そんな牡蠣は専用のナイフで殻の端をグイグイ押して割れ。割れた隙間からナイフを突っ込みこじ開けろ。
4. 貝柱の下にナイフを入れ、殻からスッと外れたら十分加熱されている。食中毒の心配なし。
5. 焼き牡蠣は、身がやや黄色みがかり、ふっくらした時が食べごろ。タイミングを見逃すな。焼きすぎて干からびさせるなよ。

という内容。

こう書くと難しそうですが、そんなことはありません。

しかも無尽蔵に牡蠣がガラガラ囲炉裏に投入されるので、嫌というほど練習でき、コツをつかめます。

気持ちは牡蠣焼き職人です。


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牡蠣の無間地獄が続きます。いや、天国か。


最初は何も味を付けずにそのままいただきました。

ああ、それだけでもおいしい。


主には大根おろしとネギ、ポン酢でいただきましたが、このお店はあらゆるトッピングが充実しています。


大根おろし、小ねぎのみじん切り、レモン、他にマヨネーズ、タルタルソース、チーズ、バター、ニンニク、パセリ、しょうゆ、ポン酢、オリーブオイル、ピザソース、キムチの素、各種たれ、七味、一味、etc…。


食べ放題はとかく単調になりがちですが、こういったトッピングで変化を付けて味わい続けることができます。


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マヨネーズやタルタルも意外に合います。

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チーズをとろけさせて、しょうゆなんかもかなり旨い。


トッピング類は掛け合わせで組み合わせは6700万通りとのことです。

でも、無駄に揃えているわけではない様です。

焼き牡蠣屋さんが、「牡蠣にこれは合うのでは?」と思って置いているわけで、好みは分かれますがラインナップにハズレは無いオールスターたちです。

でも、やっぱりスタンダードの大根おろし+ネギ+ポン酢は殿堂入りだけどね。


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牡蠣たっぷりのご飯と、

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これまた牡蠣たっぷりのお味噌汁も付いてきます。


牡蠣を3桁食べようと意気込んでやってまいりましたが、ごはん&味噌汁の攻撃もあり、そこまで辿りつけません。

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牡蠣の殻は足元のポリバケツに無造作に投げ入れます。

もう限界だと思い、店員のお姉さんに、「何個くらい食べたでしょうか?」と尋ねたら、「ちょうど70くらいですかね。」とのこと。

いいだろう。ご飯とお味噌汁の中の牡蠣を含めれば80近くはやっつけた。

今日のところはこの辺で勘弁してやろう。


そろそろ帰る時間です。コートを着て席を立ちました。

外に出ると…、

う!、おお!

自分がすごい匂いです。


先ほどの建物でいくつもの囲炉裏があり牡蠣をわんさか焼きます。

ある程度、服に匂いが付くのは想定内でしたが…。

匂いのレベルが想定外です。

牡蠣を焼く煙で燻された私と服が、ものすごい異臭を放っています。


悪臭ではないのです。それよりも身の危険を感じさせるような異臭です。

たぶん牡蠣はミネラル豊富なせいなんでしょうが、危険なケミカルな匂いも混ざっています。


ヤバい…。これから何時間も電車に乗るのに…。


少なくとも、このまま乗ったら車掌さんにつまみ出されちゃう。最悪の場合テロ事件として香川県警が動く…。


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志度駅前にコンビニがあり、ファブリーズを購入。トイレでシュッシュします。

コンビニで、店員さんにも背中に吹きかけてもらいました。

でもまあ、焼け石に水だな…。


しかし、電車に乗るしかない。乗った車両をスメルジャックします。


15時前に電車に乗り、ひたすら走り22時前に岐阜県大垣駅へ。


…そうです。ここから、あの夜行に乗ります。


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ムーンライトながら!

絶滅危惧種の夜行普通列車、ムーンライトながら。

この電車は年末年始の2週間ほど、臨時快速として深夜に東京大垣間を結びます。

全席指定ですが指定券は510円。もちろん乗車券として青春18きっぷが使えます。

大垣発22時49分。東京には翌朝5時05分に到着予定です。



こんなレアな電車ですから、鉄オタの方がいっぱいホームにいらっしゃいます。

中には棒状のマイクにヘッドフォンを付け、ホームのスピーカーからのアナウンスを録音している方も。

なに鉄っていうんでしょう?音鉄?録り鉄?


これに乗り込めば余裕で所要時間40時間は切れます。

と、余裕ぶっこいていると、いつまでたってもムーンライトながらが入線しません。

するとアナウンスが…

「ムーンライトながらは先行電車が鹿と衝突し停止しているため入線できません。」


…ここまできて大垣で宿探しか?おいおい、それはないよ…。

と落ち込みましたが、20分遅れで電車はやって来ました。良かった。


電車が走りだし、ホッとして硬めのスナックをつまみにビールを飲んでいると、通路を挟んだ隣に例の「音鉄」君がいます。電車の車内での走行音を録っているらしい。

スナックをパリポリさせると、じっと睨まれます。あ…、すみません。

JRは早々に廃止したいらしいこの路線。しかし熱い鉄オタさんたちの支持により今日まで運行しているという面もあります。ありがとう鉄オタさん。おかげで私も利用できます。

ですので、慎重にスナックを音を立てないようにゆっくりモムモム食べます。疲れます…。

モムモムモムモムしているうちに、車内で日付が変りました。



2013年12月27日(金)

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東京駅。午前5時05分。さすがに人もまばらです。

さて、一晩経って更に匂いはキツクなりました。

車内でうたた寝をしていて、ふと目覚めると、ものすごい匂いに驚くという繰り返しです。

匂いを発している自分がいつまでたってもその匂いに慣れないというのは、もう人に対しては暴力です。

ムーンライトながらの隣の席の方、よく我慢してくれました。ありがとうございました。


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午前7時49分。前橋駅。ゴール!


ああ、とっても順調にゴール!チキンジャーニーとは大違い!

このまま仕事に出勤できますが、今日は午後から会議に出るだけで済むので一旦自宅に帰ります。


・費用13,270円
・所要時間37時間28分

費用はわずかにオーバーしましたが、まあ、勘弁してください。

10時間バスに乗り、25時間電車に揺られる旅でした。




冒頭に引用したモーパッサンの短編小説は、牡蠣が富の象徴として表現されています。

牡蠣を旨そうに食べる上流階級。その真似をしたくて精一杯背伸びした庶民の家族。
しかし、牡蠣殻を剥いて給している年寄りの人夫は、はるか外国で成功しているはずの親類だった…。


豊かさとはなんだろう?と考えると、牡蠣をおなかいっぱい食べられた私は豊かです。

でも費用は13,000円。時間は37時間。旅が終わればすぐ仕事。

「全然セレブじゃないよ。金もないし時間も無い貧乏旅行じゃん。」と言われても仕方ない。


でもね、お金があったら、時間があったら、こんなことしますか?


何をどう乗り継げば50円安くなるとか、7分縮まるとか、一生懸命調べて、「あ!こんな方法があったのか!」なんて発見をしたりして小躍りします?

1ヵ月も前から、「9時か。今頃ははじめての瀬戸大橋をマリンライナーで走ってるな。」「11時半か。志度駅着。晴れてたら海の向こうに小豆島が見えるな。」なんて、仕事の合間、時計を見るたびにシュミレーションして旅に想いをはせますか?


制約があるからこそ、自由はある。

背伸びしたって仕方ない。自分だけの幸せは、ここにある。


本当の豊かさは、人と競争して得られるものばかりではないような気がします。
自ら作り出すこともできる。


どんな時でも、幸せそうな、楽しそうな、そんな人がいる。


そういう人に、私はなりたい。


そんなふうに思うんです。




「ママー、今度はあの人、牡蠣食べ放題で幸福を語ってるよ。」
「だから目を合わせちゃダメだって!」






                                               おわり











































2013年12月28日 (土)

オイスタージャーニー!前橋⇔香川往復13,000円の旅(牡蠣食べ放題付き)前編

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「どうです?牡蠣をごちそうしましょうかな?」
母は躊躇した。お金が心配だったのだ。

僕もその男を見た。老いぼれて、汚らしく、皺だらけで、牡蠣から目を上げなかった。

                                  モーパッサン 「ジュール叔父」より


全国8700万人の食べ放題ファンの皆様(←何を根拠に?)、お待たせいたしました。

日本全国食べ放題の旅第2弾、題して「オイスタージャーニー!」の幕開けです。


第1回はこちら!
「チキンジャーニー!前橋⇔大阪往復1万円の旅(ケンタッキー食べ放題付き)前編」
「チキンジャーニー!前橋⇔大阪往復1万円の旅(ケンタッキー食べ放題付き)後編」


さて、今回の目的地は四国。香川県さぬき市です。

そこに2,900円で焼き牡蠣食べ放題のお店があるのです。

そのお店、「カキ焼き わたなべ」に前橋から出発します。


今回のルールは…

・費用は13,000円以内。

・制限時間は40時間以内。


なぜ、そんなルールを?

そうです。相変わらずお金が無いからです。

そして、40時間で帰ってこれれば、「仕事が終わったら香川に向かい、1日休みをもらって牡蠣を食べ、明後日の朝、いつもの時間に仕事に出勤」ということもできるのです。

貧乏ひま無しな私のようなインチキサラリーマンにはピッタリの旅ですな。


それでは、行ってまいります!ビバ!オイスター!


2013年12月25日(水)、クリスマス。

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今回のスタート&ゴール。JR前橋駅。

仕事が終わりました。出発です。

ここから日本中央バスの高速バスで新宿を目指します。

料金は回数券で1,350円。電車よりずいぶん安く済みます。


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東京、新宿駅。バスに乗る西口は人がいませんので東側をぐるっとしてみます。

街には最後の追い込みをかけているサンタさんたちが右往左往しています。

呼び込みしたり、ティッシュ配ったり、ハンドベル鳴らしたり…。

その脇を、恋人同士が縫って行きますが、なぜか街角で立ち止まって騒いでいるのは50代がらみのオッサンばかり…。

人はいつもの平日より少ないようです。

クリスマスの夜、帰るところがないおじさん達が街にいるのか…。

その中に、クリスマスは関係なく、牡蠣のことばかり考えている40がらみのオッサンがいますよ。ここに。

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新宿西口某所から、バスに乗り込みます。

目的地は岡山です。

はあ?なんで岡山?香川県行くんでしょう?高松行きのバスあるでしょう?なあ、おい。


甘ーい!甘いんだよ!


香川県高松市行のバスに乗ったら、7,000円前後するんです。

本四連絡橋の通行料金が上乗せされるんですね。

岡山までなら、3,900円で行けるのです。

ですから、あえて本州側の岡山行きに乗り、岡山で朝を迎え、青春18きっぷを発動すれば、ずいぶん安く四国に渡れます。

さて、前回の旅で学んだことは、これです。

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首に巻くタイプの枕。


これが無いと夜行バスは辛いのです。

100円ショップでいくつか売っていましたので、どのタイプが良いか迷い、2種類購入しておきました。


いざ、バスに乗り、ひとつを使ってみると、まあ快適。ありがたい。


夜半過ぎ、隣の席の方がモゾモゾ・ゴソゴソしています。

年の頃は大学1年生くらい。帰省でしょうか?

どうも枕に困り寝ずらい様です。

そこで彼にもう一つの枕を、「よろしかったら使ってください。未使用ですので。」とおゆずりしました。

彼はそのあとグッスリ。

おかげで私もゆっくり眠れました。

「情けは人のためならず」とはこのことです。

皆様も夜行バスを利用するときは100均で予備の枕を購入された方が良いと思いますよ。


と、いうことで、明日は岡山。



2013年12月26日(木)
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朝になりました。岡山駅午前8時。

さすが岡山、道行く通勤のビジネスマンの皆様がみんな桃太郎の格好をしています。
何人もの方々から、吉備団子を差し出され鬼ヶ島に付いて来いと言われましたが、今日の敵は鬼ではないのです。牡蠣なのです。

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ここで、ブルースプリング18チケットの登場です。


さあ、瀬戸内海を渡りますよ!

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生まれてはじめて瀬戸内海を越えていきます。

ワクワクドキドキして、電車のシートに座りしょんべんしてしまいました。


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たくさんの小さな島が次から次に現れます。

ひとつくらいもらえそうです。




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あっという間に高松へ。

うどんうどん!とアピールしてきますが、今日は牡蠣なのです。

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さぬき市志度へ来てしまいました。

昨日のお昼以来何も口にしてはいませんのでだいぶ空腹です。

そのお腹でさぬき市ですが、うどんの誘惑には負けません。

「さぬきうどん」という言葉を脳から消します。

この世に白くて長くてつるつるしてしこしこしたものはありません。無いんです。あれは消しゴムのカスです。そうに違いありません。

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けっこう立派な志度駅から歩くと…。


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もう海です。他に何もありません。

そして、けっこうな雨です。

雨でなければこの海の先に小豆島が見えるはずですが、何にも見えません。

本当に小さな町です。

こんなところに牡蠣食べ放題のミネラルパラダイスはあるんでしょうか?


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こんなキャットウォークの先に、そこはありました。


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ここが、決戦の場、「カキ焼きわたなべ」です。


                                             …後編に続く。

2013年12月17日 (火)

銀座は貧乏人にもやさしい。

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豪華なバスタブ。しかしここはショウルームではありません。


今日、所用で東京に行きまして、銀座界隈でしたので「銀ブラ」しました。

しかし、赤貧ですので有名ブランド路面店などには立ち寄れません。


ですが、銀座にはわりと無料スポットが多いのです。


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銀座通り沿い、京橋のLIXIL:GINZAと隣の警察博物館。


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LIXIL:GINZA。

ここは総合住宅設備グループLIXILが運営するミュージアムです。


若手作家の個展やデザイン関係の企画展を行っています。

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初々しい感じの若手女性作家の個展と、


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若手陶芸作家専用スペースがありまして、こちらの作品は陶器製の掃除機です。


LIXILグループには衛生陶器メーカーのINAXが入っていますので、陶芸推しなのでしょう。


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立ち寄ったトイレにはINAX製品がギュウギュウ。

ショウルームではない、普段使いの猛アピールです。




一階には少しだけ商品が並んでいます。豪華なバスタブもそのひとつ。

係員さんに許可をいただき写真をパシャパシャ撮っていましたら、鏡が多いのでボーっとした自分がやたら写っている。

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せっかくなので顔出しします。僕は元気です。


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さて、隣は「警察博物館」。

明治から平成にかけての貴重な資料が展示されています。


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日本で最初の「白バイ」は白ではなかった。赤だった。

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警視庁が最初に購入したヘリ。これホントに飛んだの?


写真撮影は一部に限られていてお伝えできませんが、殉職された警察官の方の遺影や遺品も展示されています。

本当に、頭の下がるお仕事です。



この後、音響機器やカーナビで有名な「パイオニア」のショウルームにも立ち寄りました。

開発されて商品化間近の製品を見ることができたり、地下には総額数千万円はするホームシアター仕様の部屋があります。

そのシアターで、しばらく大迫力の映像や音楽を楽しませていただきました。しかも私一人で…。係員さん付きっきりで…。




東京の一等地、銀座。ゆえにそこには企業の広報空間が集合しています。


お金持ちが富を落とすことによって成り立っている銀座ですが、大部分の庶民は有名ブランドの路面店に勇気を持って立ち寄っても何も買わずに出てくることがほとんど。

そう考えると、ある意味銀座は誰にでも開かれた巨大なショウルームなのかもしれませんね。














2013年12月 9日 (月)

赤城山、冬の林道めぐり。

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冬空に赤城が映えます。

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利根川沿いの乗馬クラブの馬たちも、もう冬支度です。


今日は、赤城山西方面の林道を周ってみました。

前橋から利根川をさかのぼり、渋川へ。

大正橋を渡って国道353で赤城山方面を目指します。

直進を続けると県道70号線に。

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全くと言っていいほど人通りがありません。

車も通りません。唯一すれ違った車は国土交通省のパトロールカーのみ。

大変静かな県道です。

なぜなら、この県道はやがて行き止まりになるからです。

次第に、「この先車両通行できません。」「この先幅員減少」の標識が増えてきます。



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県道70号の行き止まり。しかし、左右には林道がつながります。

しかし、完全な行き止まりではないのです。

県道が途切れたところから、右へは前橋方面に、左へは昭和村方面に林道が続きます。

ここから、大変静かな山の中へ。


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ああ、冬枯れのいい感じ。

鳥のさえずりと、キツツキが木をつつく音しかしません。

…ん?何かほかに聞こえる?ごく小さく…。

脚を止めて耳を澄ますと…。


…讃美歌だ…。(いや、本当に。)


思わず違う世界に来てしまったのかと思いましたが、本当にかすかに讃美歌が聞こえます。

どこかの山嶺にある教会から流れてきたのでしょうか?山の上にいると、意外に風の流れでふもとの音が登ってくることがありますが、たぶんそうなのでしょう。

もしくは、やっぱりちょっと違う世界へ足を踏み入れていたんでしょうね。


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地図も無いような道もありますので、いきなり行き止まりだったりします。

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行き止まりから、今来た道を振り返る…。

一応舗装路なんですけど、ほぼ路面が見えませんね。

乾燥した冬だから自転車で通れますが、他の季節で地面の木屑が湿ってたらまあ無理です。

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突如、舗装が途切れ、200メートルほど砂利道が続くような道も…。

仕方なく自転車を押して歩きますが、「この先何キロも砂利だったらどうしよう…。」とテクテク。

でも、総じて林道に砂利道区間は多くありません。突然目の前に現れても意を決して進めばどうにかなります。

「栄線」「穴山窪線」「田之郷線」などをめぐりました。



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田之郷線の入口。ここから先はとても気持ち良い林間コース。

しかし、前橋方面からこの田之郷線に入ろうとすると、わかりにくい上、いきなり砂利道が100メートルくらい続きます。

それゆえなかなかロードのライダーは入ることを躊躇すると思います。

ですのでハイシーズンはかなりの穴場だと思いますよ。

熊にさえ会わなければね。






























2013年12月 8日 (日)

安物買いの銭失い。

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いいかげんチェーンが伸びてきましたので、コマ詰めしました。


しかしこの中国製のチェーン切り、本当に使いにくい。


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以前、2,300円で購入した中国製自転車メンテナスセット。


これが本当に使い物になりません。

先ほどのチェーン切りは回すレバーの端についている抜け防止用の樹脂が、いざ力を入れる時に決まって外れ、レバーがスルッと落ちてしまいます。まーあ、イライラする。


そして、すべての工具の金属がゆるい。柔らかい。

ロックリング工具は一回使っただけでグニャリと曲がってしまいました。

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なのでシマノ製のを買い直しました。当たり前だけど硬いねえ。

このロックリング工具だけで、前出のメンテナスセットの値段と匹敵します。

…安物買いの銭失いだ…。



アルミのエントリーバイクでメンテナンスの修練をするのは良いことだと思いますが、道具が道具ですとそれもままならないし、自転車を壊しかねない。
カーボンバイクならなおさらです。

良い道具は高いですが、長く使うのなら結局は費用はペイします。

最低限の工具を仲間で共同購入することもできます。


自転車壊す前に、もう少しまともな工具を求めようと思います。






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