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2012年11月29日 (木)

前橋、名前の無かったもの巡り③前橋駅前 『建設と平和』像。第6回「日展。在野にして在野にあらず。」

第6回「日展。在野にして在野にあらず。」 

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「在野にして在野にあらず。」日展を語る上で、常にこの言葉が付いて回ります。

 

 公益社団法人日展は日本最大の美術展覧会「日本美術展覧会」を主宰する団体です。

 公募展という形を取っており、部門は、日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書に分かれ、出品総数は15,000点、うち、入選となるのは2,300点程度です。

 日展は毎年六本木の国立新美術館で1ヵ月間行われ、来場者は16万人を超えます。また、地方巡回展も行っており、総来場者数は50万人を超える盛況ぶりです。

 

 これだけの規模を誇る日展ですから、そこには現在の日本の美術の最高峰が網羅されているんでしょう。日展だけ見に行けば良い感じですね。


 …しかし、そうではないらしい。今回の調査で美術に詳しい方、または美術関連のお仕事をされている方とお話すると、たびたびそれらの方の口から洩れるフレーズがあります。

「あの作家は日展ですから…。」「まあ、作風は、日展会員ですから…。」

 もちろんそれらの方は日展に批判的な事は言いません。美術界に身を置く立場です。巨人の悪口は言いません。

 彼らは何が言いたいのか?それを知る為に日展とはどういう組織であり、どういうシステムなのか知ろうと思いました。

 日展の前身は明治39年の「文部省美術展覧会(文展)」であり、国が主催する展覧会でした。「官展」と揶揄されるのはこのためです。

 戦後もしばらくは日本芸術院(国立機関)が運営に携わり、昭和33年までは実質的な「官展」でした。

 その後は社団法人となり今に至っていますが、いまだに色濃く国とのつながりを残します。

 日展に行くと、作品の横のプレートにタイトルと作家名だけでなく、様々な肩書が記載されています。「会友」「会員」「審査員」(え?審査員も出品していいの?)「出品委嘱」「評議員」「顧問」などなど…。

 実はこれらの肩書は、日展内の階級を表しているのです。

 日展の階級をステップアップしていく方法と、それによる実益とは何でしょうか?

 それは・・・、権威への階段なのです。

 

 日展の会員になるには、まずは一般公募者として作品を出品します。そして10回入選すれば(10回?!)会友になれます。

しかしたまたま「特選」をとると1回で会友となれます。(たまたま・・・。としておきましょう・・・。)

 この「特選」だけが、一般公募者に与えられる唯一の賞です。


あれ?公募展と言いながら、毎年15,000点の中から最高賞を選ぶのではないんだ?」

そうなのです。一般公募者がどんなに素晴らしい作品を出品しても、与えられる賞は一番低い「特選」だけなのです。


 「特選」を受賞すると、「会友」になれます。会友になってもそれだけでは何のメリットもありません。

 しかし会友が更にその後の出品で「特選」をとると、次回から「出品委嘱」となります。

 つまり出品しても審査を受けない「無鑑査」となります。もうフリーパスです。

「出して下さい」と頼まれる方にまわります。

 審査員の方にはくれぐれも心象を良くしておかないと・・・。やたら重い菓子折りとか…。



 この「出品委嘱」者の中から「審査員」が選ばれます。「審査員」になって初めて、日展の内部運営に携われる「会員」になれるのです。つまり身内になれます。


 さて会員になりました。これで大きな賞をもらえるのか。と思ったら大間違い。

会員の最高賞は「会員賞」だけです。


 

「文部科学大臣賞」や「内閣総理大臣賞」の選考対象にもならないのです。


 会員として審査員を2回歴任すると、「評議員」への推挙対象となります。

 晴れて「評議員」となって初めて、最高賞の「内閣総理大臣賞」を受けられる身分になります。

 「評議員」になりたいと思えば、日展の役員の方々にかわいがってもらわないと・・・。二重底の菓子折りとか・・・。

 あれ?、年数が経って、ずいぶん周りの人数が減ってきましたね。長年、一生懸命日展に尽くしてきた人しかいなくなりました。

 

 「内閣総理大臣賞」をとると、「日本芸術院賞」に近づきます(あれ?別れたんじゃなかったっけ?)。

 「内閣総理大臣賞」受賞後日展の役員になり、数年出品を続ければ、それだけで作品ののどれかが「日本芸術院賞」に当選します。すごい!

 そして「日本芸術院会員」となるのです。最高の栄誉です。

 国から「最高の芸術家」としてお墨付きが貰えるのです。「文化勲章」も夢ではありません。

これは何のお話なのでしょう?美術のお話ではなかったのでしょうか?」

 日展には近年同じような作品しか並ばないとよく言われます。

 それはそうです。同じ人が同じような作品をずーっと出し続けることで、ステップアップしていくシステムですから。

 当然新陳代謝も行われませんから、保守的で古典的な作品で時代が止まってしまいます。

 ハッキリとは言えませんが、優れた作品を認められた方が昇って行くシステムではないのです。

それ以外に「いろいろな事」をしなければ上昇できません。また、そういった「いろいろな事」を助長する(というよりは内包する)システムなのです。

 結局は選ぶ方も選ばれる方も身内なのです。

 私は美術とは無縁ですから、しがらみなく言わせていただきます。


 日展とは「非常に保守的で権威主義的な、階級を伴うムラ社会」なのです。



 日展に限らず、他の「権威ある」美術団体も似たり寄ったりです。

 この日展のシステムを把握した上で、もう一度分部の略歴を見て下さい。彼がまっすぐにその階段を昇って行った事がわかります。

 ではなぜ彼らはそんなにまでして権威に固執するのか?権威の果実とはなんなのか?

 

話を分部と前橋駅の銅像に戻して、その答えを探って行くことにします。

 

 分部を悪く書こうとする意図は毛頭ありません。取材を通して「人間分部」の人生の揺らぎを垣間見ました。次回以降を辛抱して読んでくださいcoldsweats01

 

 

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